Bring on the Student Discounts

今月から、ロンドンの大学院に通い始めた。この歳でまた学生になるのは不思議な感じだが、専攻している翻訳・通訳は、以前からずっと興味があった分野。
初めて英語に触れたのは小学生の時アメリカに住んでいた3年間で、覚えるのも早かった分、帰国後すぐに英語を忘れて行くことに小学生ながらに焦りを感じた。そこから独学で英語を勉強し続けてきたのだが、好きな音楽や映画を見ながらボキャブラリーを増やし、大学でまたロンドンに渡ったときには、イギリス英語という新しい壁にもぶつかった。話し方も使うフレーズもアメリカとは違い、言語の裏にある文化の大切さも痛感した。
自分の歌の歌詞も英語と日本語で書いてきたが、ずっと慣れ親しんできたと思っているこの二つの言語を掘り下げてみたい、と思いここで大学院に通うことを決めた。

I’ve started a Masters course at UCL this month. It feels strange to go back to school at this point in my life, but I have always been interested in the course that I enrolled in, which is Translation (with Interpreting). Having spent 3 years in America as a child, I was obsessed with English even after coming back to Japan, constantly learning new vocabularies through music and movies. When I went away to college in London, I found British English to be completely different from American English, and realized the importance of understanding the cultural background.

I have been writing songs in two languages, and grew a passion to pursue contextual study of these bilingual processing, which lead to the decision to enrol in this course.

私がこの1年間学ぶことになる UCL (ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン)は歴史のある大学で、幕末に長州藩から初めて日本人が学びにきた大学でもある。ここから明治維新の思想が学ばれたといっても過言ではないのかもしれない。当時は外国人を受け入れる大学は他になく、革新的な思想を持った大学だ。キャンパスの場所は大英博物館のすぐ裏にあり、立地は最高、設備も充実している。ニューヨークでいうNYUのようなマンモス校だが、それぞれの科目にはその分野のエキスパートの講師がいて、専攻もすごくマニアックなものがあるのがいかにもイギリスらしい。例えば通訳の授業が一緒のとある学生は、人類学の枠の中で翻訳・通訳家という職種の人間について研究しているという。

同じ専攻の学生は6〜7割が中国からの留学生で、他はロシア、ギリシャ、サウジアラビアなど。クラスが始まって一週間だが、いまだに日本人とは遭遇してない。けれども驚くほどに日本語の人気度が高い。中国人の学生さんたちはみんな日本のファッションが好きだというし、ギリシャ人の子は独学で日本語の会話ができるほどに勉強して来たという。日本語という言語が実はとても特殊で難しいということも、他の国から来た人たちと話していてつくづく思うことだ。

前に大学生だったのはもう10年前、しかもアート系だったので作品制作中心だったので、ちゃんとした講義に出るのも初めて。座っているだけなのにすごくお腹がすくし、決まった時間に決まった場所に行くという時間割にもまだ慣れないが、この時期に勉強ができるということが何よりも貴重な経験だ。この機会を最大に生かしたいと思っている。

Needless to say, UCL has prestigious history including welcoming Japanese students in the late 19th century which lead to the establishiment of the modern Japanese government system. I love how some of the majors are really specific and enthusiast of one of the most niche fields of study.

It’s a big shift from having studied Fine Art for undergraduate course, but I feel truly lucky to have this chance to study at this point in my life. There must be so much art in this field of study too, and am determined to make the most of this opportunity.

The End of the Peter Pan Syndrome

 

(English follows)

マイケルジャクソンがそうだったように、アーティストはみんなピーターパンなのではないか?

念のため調べて見ると、ピーターパン症候群とは、ポピュラー心理学における、社会的に未熟な大人のこと。80年代に書かれたとある心理学者の本では、これらの「ピーターパン」との恋愛に走ってしまう女性に、彼らとのうまい付き合い方をアドバイスしている。ミュージシャンとの恋に翻弄される女性たちに、ぜひこの本を紹介したい。

とはいえ正直に言えば、ずっと自称アーティストということに関して、いつも社会との距離感が気になっていた。リアルにネバーランドが建てられるぐらい成功しない限りは、まとわりつく不安はなかなか拭えない。むしろマイケルジャクソンですら、不安に掻き立てられてネバーランドを作ってしまったのではないだろうか?

この歳になって、そろそろピータパン症候群を卒業しなくては、という発想に責められてきている。

『ピーターパン症候群』は正式な精神医学用語ではないということなので、ここで自分なりの分析をしてみたい。

子供の心

日常に遊び心を取り入れる子供の心を持った大人は「良い」意味でお子供の心の持ち主で、時にはルールを破ったり常識ハズレの行動を取るのも、それが周りの人をハッピーにできることなら素晴らしいことだ。それがどこのラインで「イタい」大人になってしまうのか?それは、その目的が独りよがりだったり、人への思いやりや敬意に欠ける行為だ。壊れたモノは直せるが、人の心は修復できない。また、まるで自分のおもちゃを独り占めしたい子供のように、物を共有できない人もオトナげないなと思ってしまう。

そう考えると、愛溢れる歌を歌ってコラボの楽しさを味わえるアーティストは、前者の「良い」子供の心の持ち主が多いのでは?むしろ音楽家自体が、分け隔てなく人々の心に手を伸ばす、子供心の唱道者なのではないだろうか。

ネバーランド

意外と厄介な存在。それは自分だけの空間かもしれないし、内輪の集団が集まる場所かもしれない。どちらにしても、心置きなく何かに没頭できる場所があるのは素晴らしいが、そこにとどまってしまうことは危険だ。だからこそ大事なのがティンカーベルの存在。

ティンクの魔法の粉

ウェンディーたちに空を飛ぶ魔法の粉を吹きかけるのがティンカーベル。アーティストをピーターパンに例えたとき、一番大事なのがこの魔法を吹きかける力だと思う。魔法が効くのは、『幸せなことを思い浮かべる』など本人たちの発想力にかかっているからだ。発信する側の力は、届ける相手の発想をいかに刺激できるか。そういう意味ではピーターパンよりもティンカーベルの方が、理想のアーティスト像なのかもしれない。

まとめ

ピーターパン症候群は卒業しなくてもよいのかもしれない。

子供心は大いに持つべき、ただし広い心で。

ネバーランドに引きこもらず、

一番のポイントは魔法をかける力

 

書きながらピーターパンなんて結構どうでもいいと思ってきてしまっている自分がいるが、近況報告で書いた通り、『待つ』期間には色々なことを考えてしまう。こんなことを考える暇もないぐらい、本業・イギリスの活動で忙しくなりたいものだ。

Michael Jackson was one, and at the end of the day, aren’t all artists Peter Pans?

Let’s review the term. According to Wikipedia, Peter Pan syndrome is the pop-psychology concept of an adult who is socially immature. In a book by Psychologist Dan Kiley, The Wendy Dilemma (1984), he advises women romantically involved with “Peter Pans” how to improve their relationships. I wish I had this book when I was hearing stories from my tormented friends who were dating musicians.

But to be honest, I’ve always felt somewhat socially inadequate calling myself an artist. Although I’m more than grateful to have been able to continue this since I was a teenager, I can’t help but to think that unless you are successful enough to make a real-life Neverland (like Micheal Jackson), this certain insecurity seems to grow as you get older. In fact, wasn’t that insecurity the very thing that made him build Neverland?

Being a child at heart is a wonderful thing, as long as you share and respect others. In that regards, artists are the advocates of such playfulness. But Neverland is a troublesome, dangerous place. that’s why the pixie dust is the key to connect to the outside world; thus, artists may aspire to be Tinker-Bells rather than Peter Pans.

Japan Tour 2017

一年に一度の日本のライブ、東京&神戸公演が無事幕を閉じた。

東京はコニカミノルタプラネタリウム『天空』という最高に贅沢な環境で。何ヶ月も前から曲に合わせた360°の映像の演出を準備していただき、星空だけでなく、花びらやツキアカリ、大海原など日常を忘れるような幻想的な空間の中で歌う事ができて、今迄行ってきたライブの中でも格別に思い出深いものになった。ストリングスとのコラボも念願で、出産したばかりの中、秀逸な演奏をしてくれた旧友、佐藤ほのかちゃん、朗らかな人柄と上品な演奏の渡辺雅弦さんにも心から感謝。

神戸公演は蘇州園という純和風建築のとても趣がある場所。会場入りしてびっくりしたのは、各お客様の名前カードがテーブルに並べられていたこと!まるで上品な披露宴会場のような雰囲気の中、美味しいお食事と音楽をお届けできる機会になった。

The Japan tour once a year has successfully finished-two sold out shows in Tokyo and Kobe. Tokyo venue was a planetarium, Konica Minolta “Tenkuu” with a 360-degrees-dome screen above the audience projecting constellations, flower petals, moonlit skies and ocean waves…it was truly fantastic and was one of the most memorable gigs I’d ever done. I played the keyboard and acoustic guitar, accompanying violin and cello, two talented and graceful musicians.

Kobe venue was a traditional Japanese architecture estate, Soshuen, historical venue used for wedding receptions. Looking out into the Japanese garden, crickets announcing the beginning of the autumn season, I sat in front of the grand piano, with the audience seated in round tables just like an actual wedding reception.

日本でのライブは去年の12月以来だったにも関わらず、いつも来て下さるファンの方々の懐かしい顔があり、感謝とともに、今後のことを考える良い機会になった。

日本のお客様はもちろんのこと、スタッフの方々、会う方全てが神々しく見えて(その理由はイギリス人の仕事の仕方との対比でも浮き彫りになっている)、あれ、じゃあ何でイギリスに住んでいるんだろう、日本に帰ればいいのに。。という考えすらよぎってしまった。それでも改めてフォーカスをはっきりさせていくべきことは、

イギリスで、アーティストとしての活動を軌道に乗せること

という大きな目標。やっと今年EPのリリースができて、協力してくれるマネジメントも見つかり、来年にはツアーやアルバムもできたらと企画している。こんなチャンス二度とないし、日本人のアーティストとして快挙になるような実績も残したい。しかしそれと同時に、今迄の日本での活動も大切にしていかなければいけない、というのが、今回の滞在で強く実感した事だ。

Despite having the 9-month-gap since the last time I played in Japan, I recognized familiar faces in the audience who have supported me for many years. I was truly grateful, at the same time thought a lot about what I should do next.

Everyone I meet in Japan is super-nice, police, supportive and truly genuine. I have to be honest and say that it doesn’t always work like that in the UK. Then why am I in the UK? I have to bring things into focus, and the purpose of my life in the UK at the moment is to get a foothold as an artist there, and to drive activity in my music career. I’ve had an incredible opportunity to release an EP, meet some amazing supporters, and ideally would love to tour and release an album from next year. I aspire to accomplish something that no other Japanese artist has achieved. At the same time, I need to cherish and continue what I have in Japan.

音楽活動とは、家を建てるようなことだ。

地盤を固めて、更に掘り下げ、柱を立て、骨組みを作り、屋根をつけて、、最後の塗装や内装の部分はファンの方々で成り立って、そこで初めて完成すると思っている。その完成まで、10年はかかる。そういった意味では、Rie fuというアーティストは、ここ数年でやっと家が完成したようなものだ。大豪邸ではないけれど、心地よくて、こだわりの素材で出来ていて、上品で知的なファンの方達の『塗装』や『インテリア』はセンスが良くて優しさで溢れていて、私にとって本当に特別な宝物だ。

それが海外に住んでいる事によって、空き家になってしまわないように、危機感を持たなくては、と痛感したのだ。

その解決策は、信頼出来る『管理人』を見つけること。メジャーレーベルから独立して5年。またマネジメントやレーベルと契約するのではなく、対等な関係で、ライブ企画やPR関係の方々と業務提携を結べないかと検討している。

『Rie fu』という家を作り上げて支えてくださるファンの方々に対して、しっかりと責任を持って守っていきたい。

Music activity is like building a home.

You find a solid ground, dig down, set up the pillars and make the foundation, put a roof on top…the finishing touches of exterior and interior is all done by the fans, and that’s when the home is finally established. The process is so extensive that it takes at least 10 years. In that sense, a home has finally been built for Rie fu in the recent years. It’s not a huge mansion, but it’s cozy and refined, warm exterior and interior done by the elegant and intelligent fans, a true treasure for me.

I’m sensing this fear that it could be an empty nest while I’m living abroad, and this is what I realized through this year’s Japan tour.

The solution to this is to find a “property management”for this home while I’m away. I’m considering working with third parties about this, between companies, rather than a more traditional manager/label to artist relationships.

I’m devoted to maintaining my responsibility towards this beautiful home the fans helped me to build and support.

 

対照的にイギリスでのRié 名義の活動はというと、地盤を固めるどころか、やっと土地が見つかったぐらいの段階だ。しかし正直なところ、完成まで10年はかけてはいれらない。今迄の日本での活動の経験値とバックグラウンドを生かして、少しでもスピードアップして進められたらと思っている。

On the contrary, my activity in the UK as Rié is only at the initial stage. I’ve only found a place that could potentially be my piece of land. But to be honest, I can’t afford to take 10 years to finish building a new home. I am hoping I could use my experience and background of my career in Japan of to generate more speed and power.

イギリス人との仕事の仕方

今回の記事は、日本語限定。なぜならば、私の経験上編み出したイギリス人との11仕事の仕方(対処法)を公開するからだ。

まず、イギリス人の仕事の仕方はどんなものを想像されるだろうか?
紳士?
。。。

(ブザーの音)

最初にはっきりさせておくと、これから書くことは全てのイギリス人にあてはまる訳ではない。あくまでも個人的な経験上で、業種によっても変わってくるかもしれない。そして日本人よりもマメで丁寧なイギリス人も中にはいる。ただし、私が遭遇した約75パーセントのイギリス人の習性は下記の通りである。

1.得意技は責任のがれ
よく遭遇するのが、「たらい回しの刑」
家の問題、例えばネットが繋がらない、水回りの故障、銀行や保険などの事務手続きなどでよくあることは、「それは私の責任じゃないからここに電話して」と言われてそこに連絡するとまた同じことを言われ、挙げ句の果てには最初の番号に戻り、そこから無限ループ、誰も責任取って対応してくれない、という具合だ。

2.好物は優越感
お客様は神様、という日本人の考えとは真逆で、俺様が神様。もちろん仕事よりプライベートを優先。歯が痛くなっちゃったから、義理の親族が入院したから打ち合わせをドタキャン、1ヶ月のホリデーを取るから期日遅れる、など言われてももう驚かない。日本では、連休の前だからこそ仕事を詰める傾向にあるが、イギリスでは木曜の午後あたりからもう週末休日気分。金曜なんて半日しか働かない人も珍しくはない。

3.異常な速さで請求書を送りつけてくる
普段連絡が滞る人が、請求書を送るのだけは、はやっ!日本では月末締め翌月末、翌々月末支払いというところだが、イギリスではまだプロジェクトも始まってないのに打ち合わせ費と称して前払いを要求、しかも支払い期限は一週間ぐらい。見方を変えれば、その分日本と比べて支払いトラブルのケースが多いのかな?と想像される。

それらの対処法はこちらである。

1.裏付けドキュメントを揃えておく
たらい回しの刑の対処法は、ひたすら粘ること。武器は、物的証拠。ドキュメント、写真、データ、それらのドキュメントを用意しておく。
2.シタテに出つつ、ソフトに脅す
彼らの好物につけ込んで、こちらを助けることで彼らが優越感を得られるという雰囲気をちらつかせる。その為に、「困っている」ということを感情に訴えかける。そしてポイントは「ソフトな脅し」。ここで、彼らのもう一つの好物、マネーを匂わせる。つまり、問題が解決されなければお金を請求せざるを得ない、または支払いを見送らざるを得ない、と言うこと。大事なのは、「払いません」ではなく「払うことができなくなってしまう」と、あくまでも「困っている」感を貫くことだ。
3.期日に余裕を持たせ、バックアッププランを用意しておく
「この日までに〜します」は基本的に信用しないほうが安心だ。その為には、本来の期日よりかなり前の日程を伝え、またドタキャンの場合のためにバックアッププランを用意しておくこと。

こんな戦略を編み出してまでこちらで生活している今、痛感しているのは、

日本人の仕事ぶりは、
神でしかない。

に尽きる。

Good is Not Good Enough

(English follows)

この 1〜2週間で、Rie fuとしての作品とRiéとしての作品を連続でリリースする。
意図したことではないが、偶然同じ時期に重なったのだ。
紛らわしさのないように、この二つのプロジェクトについて説明していきたいと思う。

それぞれのアーティスト名の由来は、こちらの記事に書いた通りだ。
それぞれの活動で何がしたいか。ひとことで説明すると、
Rie fuとしては、「良い曲」を
Riéとしては、「異質な曲」を
発表したい。

I’m releasing new tracks over these couple of weeks under the two names Rie fu and Rié. The timing was not intended, it just happened to be around the same time. In order to avoid any confusion, I will explain what the differences of these two projects are about.

The story behind the two separate names were explained in this article.

The easiest way to explain the differences of the two projects is, that I want to create;

Good songs with Rie fu

Extraoridinary songs with Rié
「異質な」という表現は曖昧な部分もあるかもしれないが、英語でいうと、outstanding やextraordinaryといった言葉があてはまる。つまり、他とは違う、聴いたことがない斬新なもの。
ひねくれ者のイギリス人を唸らせるには、「良い曲」では全然物足りない。いい曲すぎるほどダサい、と思う人が大半の文化だ。ピンク・フロイド、ターナー、デミアンハースト然り、この国が生み出してきた伝説のアーティストたちは、例外なくと言っていいほど異質でずば抜けている。自分は既にイギリス人ではないという時点で、他とは違う要素を持っている。だからこそ既存のジャンルの音楽を作るのではなく、誰かの真似をするのではなく、他では聴いたことのない音楽、独自の視点の歌詞を描き出したい。

Personally speaking, a good song is not good enough to release in the U.K. Market—a good song is just a good song, nothing more. In a country that spawned extraordinary artists-whether it’s Pink Floyd, Turner, or Damien Hurst-every single one of them, almost without exception, have done something simply “different”. As a foreigner from a country very far away from the U.K, my identity would be already considered different. That’s why I can’t and should not fit into any genre nor replicate other styles, and focus on being unique.

日本では、特にメジャーレーベル時代は、いつもそのようなジャンルや形式を気にしていた。そして気付いたら、どこか本来の自分らしさを見失いかけていた。そして独立してはじめて気付いたことは、売れる曲を作ろうと思った時点でゲーム・オーバーだということ。なぜならば、売れるものを作ろうと思ったらどうしても、既に売れているものを参考にしてしまうからだ。
もちろんそういう産業が成り立っていることや、それを目指す人々に対しての批判は何もない。ただ、自分に合うか合わないかという問題だ。

When I was in Japan, especially when I was working with a major label, I was always conscious of genres and formats of pop music. As a result, I had lost a part of my originality. I fled from the label to establish my own environment, and that’s when I realized that The game is over once you start thinking about selling yourself. That’s because when you start thinking about such thing, you would always refer to what’s already popular. I have no objection towards the industry and people that replicate a selling-format, but it just wasn’t for me.

とはいえイギリスでも、同様にジャンルやヒットの形式がはっきりしていることを思い知った。トレンドの流れは日本と比べて断然早いが、それでも流行りものに乗っかるという産業は下手したら日本よりも貪欲であからさまだ。
それさえも自分にとって、イギリスが与える試練のような気がしている。革新的な作品を生み出して来たアーティストたちも、その分大きな批評も受けて来て、大きな垣根を超えられるからこそ偉大な作品とも言えるのだ。

However, I have crossed continents to discover that such format is just as well popular here in the U.K. The speed of trend-shift is much faster than Japan, but the tendency to follow the format that’s already selling is even more obvious and contrived. That in itself seems to me as a trial worth challenging. All groundbreaking art are destined to draw criticism, and they become outstanding achievements because they over come those obstacles.

日本ではどうだろうか。良いものは良い、それ以外は「違う、異質なもの」という見方をする文化だ。頑張って垣根を超えたところで得られるものは、「ますます違う、異質なもの」という評価でしかないような気がする。語弊のないように付け足すと、日本の音楽の受け取り方がつまらないというわけではない。そういった感性が日本の美徳ということに、海外から客観的に見てはじめて気付き、逆に、日本人の耳に向けて、普遍的な良さという価値観をテーマにした楽曲を作りたいと思うようになったのだ。

その二つの感性が自分にとっての個性でもあり、二つの音楽を追求していくことを通して、新たな発見があることを楽しみにしている。

How do they percieve uniqueness in Japan? Good things are good, but different things are also just different, nothing more, technically speaking. Even if you overcome the criticism and create something unique and groundbreaking, that’s just another different thing, no other value added. You see, that doesn’t mean that the Japanese appreciation of art is boring, but it’s actually a very significant characteristic amongst the virtues of Japanese culture.

These two characteristics combined are what my mind consist of, and I cannot wait to discover more through pursuing these two styles.

 

All About the Money

 

(English follows)

お金のおはなし。

本当は大声ではしたくないおはなし。
しかし人間の血液のように、 社会を循環しているものとしてなくてはならない存在だ。
そしてイギリスでの音楽活動の様子をリアルに綴るブログとしては、避けては通れないのがその現実だ。

メジャーでもインディーズ活動にしても、規模は違えど初期投資なしには何も始まらない。
音源制作のプロダクション、ミュージックビデオ制作、プロモーション、、その他どこに行くのも交通費がかかるし、お腹が空けば食費もかかる。
底なしに湧き上がってくる資金の泉があるわけではないので、逆に底を見極めることが大事になってくる。

実は今回のイギリスでの活動は予算と期間をはっきりと決めている。あらかじめ決めた期間と、予算内でできることを最大限にやる。それで成功すればもちろんそれが一番理想的だが、その他のケースのためにバックアッププランを用意している。
実はこの計画も立て始めていて、その為に秋からとあることをスタートする予定だ。

だからと言って泉が枯れたところで『音楽活動』を休止や引退するわけではない。売れる売れない関係なく続けなければ、元も子もない。アムステルダムのとある美術館では、生涯一枚も絵を売れなかった画家の美術館に毎日4時間の列ができている。自分の生きている時代から 100年後にこんなことになっているとは、ゴッホ本人もアーティスト冥利に尽きるのか尽きないのかはさておき、音楽や芸術はそんなものだ。生きている限り続けてみて100年後に何か起きるかもしれない。

とカッコつけたことを言ってみるが、やはり現実を見なければいけない。
将来、旦那の定年後は私が一家を養わなければと思って色々調べていたら、文化功労者のウィキペディアページにたどり着いた。受賞すれば生涯年金をもらえるという(2017年現在の情報)。これがあれば旦那さんの定年後も安心。

ということで最近できた目標は(笑われる覚悟で!)文化功労者になること。お金を追うよりも、そんな大きな目標を描くほうが、もっと良いことが起きる予感がしている。

“All About the Money”の続きを読む

Ep songs live at Red Bull Sessions

Check out the live performances of my two songs,

St.Martin(from Business Trips EP) and Levels(new song) with Red Bull live sessions

This was my very first live performance since the EP release. I’ve missed playing live so much, so this was such a great opportunity. If songwriting is writing a story, live is the ver act of storytelling, there’s nothing more liberating than this!

Initially, I was rehearsing with the amazing producer Cassel the Beatmaker on the sampler, then we felt we needed bass…Chris (bassist) was kind enough to participate at a few days’ notice. It was a pleasure to play with both of them, as well as the efficient filming crew.

You can watch the live performance and read the article here.

先日、ロンドンのとあるスタジオでレッドブルによるライブセッションの収録があった。演奏した曲は、6月にリリースしたミニアルバム、Business Trips EPからSt.Martinと、新曲のLevels.

EPのリリース以来初のライブ演奏だったこともあり、貴重な機会だった。ずっとライブがしたくてうずうずしていたのは、物語を書くように曲を作ってきた中で、ライブで演奏することは実際にストーリーを語ることそのものだからだ。なんとも言えない解放感に包まれた!

初めはビートメーカーのカセルと二人でリハーサルしていたのだが、どうしてもベースが欲しくなり、収録の数日前に急遽ベーシストのクリスが参加してくれた。新たなテイストの二人のミュージシャンと演奏できて、やっぱりライブは楽しすぎる。カメラクルーも効率よく気さくに撮ってくれだ。

実際の演奏の様子と記事はこちらよりご覧いただきたい。

I’m psyched to be on the same page as my recent girl-crush Noga Erez!

 

 

The New Live Music Experience

 

数年前にイギリスのシークレットシネマに行ってからというもの、ライブとしてのライブ以上の『体験』に興味を持つようになった。シークレットなのであまり詳しい内容を書くのも気がひけるが、開催場所とドレスコードは参加者のみに伝えられ、一見何もないような空き家に一歩踏み込むと、映画の世界が完全に再現された空間が広がっているという体験型のショーだ。

 

先日行ってみたのは、Southbank Centreというギャラリー・劇場施設の裏のボイラールームが会場となっていた体験型ライブ、Klanghaus。参加者は歩きやすい靴で来るように言われ、セットなのかリアルなのかどちらとも言えないパイプや排気口をくぐり、Neutrinosというバンドが一緒に移動しながら演奏と演劇を繰り広げる。普段目にしないボイラールームという裏の空間には、ビジュアルアーティストSal Pittmanによるサイケデリックな演出が映し出される。すごいドイツっぽい、と思ったら、やはりベルリンで始まった企画だそうだが、バンドの歌と演奏は実験的というよりもどこか懐古的で普通に歌として良かった。

 

体験型と言えば、昨年ロンドンで行われていたBjork digitalも新鮮な体験だった。

バーチャルリアリティの普及はこれからどんどん広がりそうだが、ライブ体験にも大きな変化をもたらしそうだ。参加者はVRのヘッドセットがある部屋をいくつも移動していき、一見何もない部屋が、ヘッドセットを着けた瞬間、360°ビヨークの世界に惹き込まれる。近づいたり角度を変えるたびに、音のバランスも変わり、まさに視覚と聴覚で立体感を味わえる不思議な感覚。全て個人のヘッドセット内で見える世界なので、ハタから見れば、無音の中集団がウロウロ動いている光景は少し不気味かもしれない、、!

 

 こちらはライブというよりはエキシビションだが、Victoria & Albert Museum でのPink Floyd展も良かった。前回のビートルズ展同様、ゼンハイザーがスポンサーとなり、参加者に渡されたヘッドフォンが展示に近づくと反応する仕組みになっている。周りの音を気にせず、それぞれのペースで音楽とドキュメンタリーを楽しめる。最後の部屋ではヘッドフォンを外し、3D音像でみんなでライブ体験ができるというのも粋な演出だ。

これらの内容から、これからの新しいライブ体験とは何か?と考えてみたところ、大きく3つの方向が見えてきた。

1.特別な非日常的な空間に誘うこと。シークレットシネマでもVRにしても、日常からの逃避行という意味でのライブ体験。

2.音楽と場所とのコラボレーション。スピリチュアル的な何かかもしれないし、歴史、立地や空気感など、やはり場所というものにはそれぞれエネルギーがある。あえてその空間に合わせて、その場所ならではの演奏ができるのも、音楽の素晴らしさだ。Pink Floydは70年代にポンペイの遺跡での無人ライブという、そんなコンセプトの真骨頂のような企画をやってのけている。

3.個人単位というカスタマイズ化。一体感を楽しむのももちろんライブの醍醐味だが、ヘッドセットを通して自分だけの音、ペースというのもまた贅沢な楽しみ方だ。

そんなことを考え、今年のライブは場所にこだわって企画することができた。
東京公演は、スカイツリーにあるコニカミノルタ『天空』プラネタリウム。実際に星空のショーを鑑賞しに行ってびっくりしたのだが、自分が子供の頃に見たプラネタリウムから飛躍的に進化した映像と演出に圧巻された。そんな中でライブができることを、心から楽しみにしている。
●『LIVE in the DARK』●

★日程:2017年9月15日(金)

★時間:1st Stage 19:30開演(19:00開場) / 2nd Stage 21:30開演(21:00開場)
詳細、ご予約→ https://planetarium.konicaminolta.jp/tenku/livedark/

関西公演は、旧財閥の別邸として、80余年の歴史ある神戸の純和風建築「蘇州園」が舞台になる。さらには同会場が誇る上質なお食事とともに、『時代を超える普遍的な歌の力』をテーマにしたライブをお届けする。

●『Live@Garden Place Soshuuen』●

★日程:2017年9月22日(金)

★時間:ディナー 19:00~20:30(18:00開場) /1st Stage 20:30開演/2nd Stage 21:15開演

詳細、ご予約→ http://soshuen.jp/top/riefu.html

The Dream and Reality of the Artist

いつもながらの本音と独断で、近況ご報告。

無事、イギリスでの初EPリリースという目標をとりあえずはクリアできた今。

ここがゴールではなくて、やっとスタートラインを一ミリ過ぎたぐらいで、現状は?次は?が気になるところ。

活動の指数は、いまの時代驚くほど明確に測れる。デビューEPに一番多く反応してくれたのは、今までサポートしてくださってきた日本の皆さん、そして以前からJ-POPファンも多いアジア、アメリカ、意外なほど今回多かったのはブラジル、そしてイギリスはまだこれから伸ばしていきたいというところだ。

予想外に嬉しかったことは、イギリスの音楽メディア、ブログに好評だということ。PR会社は何をしてくれるの?と思っていたが、こういった音楽サイトやブロガーへのアプローチをしてくれて、掲載してもらえるだけでも嬉しい上に、記事での音源への評判も好評だ。記事の中では日本の音楽業界について彼らの独自の分析もあったりして、とても興味深い。外側から見る日本の音楽シーンは、宝石箱のようにカラフルで魅力的だ。

The reality that doesn’t necessarily meet the dream for a start-up artist could be a something that no artist writes about. Because they need to keep the perfect image, especially the “couldn’t care less” image. Well, I’m way passed that age of having to pretend not to give a shit, and I like to analyze and be open about what I do.

So this is yet another candid blog about the reality after releasing my first EP. The numbers are very transparent in this day and age. The most support that I’m getting for the EP is from Japan, always such amazing loyal fans, also Asia, as well as U.S and unexpectedly, Brazil. I’m still working on how I can grow more U.K audience, because I would really love  to start performing soon(but not it in an empty venue!).

I was pleasantly surprised by getting feedback from one of the best indie music publications here, and it’s always interesting to read their take on my music as well as the Japanese music scene itself. Not to be too conscious about being Japanese, though this made me realize the importance of storytelling as an artist from such part of the world, because most Japanese bands and artists are about uniqueness, energy and quirkiness, but hardly any of them play music like they’re actually sitting down and talking to you, in a more down-to-earth way. The first EP, Business Trips, is about the challenges of re-locating as a foreigner, rebellion, isolation…all based on my own honest viewpoint. Language is a pivotal weapon for me, and combining the nuance as a Japanese through the English lyrics is what’s fascinating.

今回ピックアップしてもらえた大きな理由は、『ストーリー』を大切にする、イギリスの音楽パブリケーションにあると思う。一年かけてそのストーリーとは何かを分析してきて、歌にも物語とコンセプトをはっきりと表現した。自分は日本人アーティストとして、イギリスで物語を語ることが大事だと考えている。それは、海外で活動する日本人アーティストにストーリーテラーが少ないことに所以する。アイドル、ポストロック、パンクも、その珍しさとエネルギー、個性は評価されるが、腹を割って語る日本人アーティストは少ない。今回のEPにもそれぞれ物語の背景があり、テーマは異国で感じる違和感、反発、孤独など、独自の視点で言葉を選んだ。自分にとって言語は貴重な武器であり、英語のリリックを日本人としてのニュアンスとどう融合させていけるかを大切にしている。

https://www.musicmusingsandsuch.com/musicmusingsandsuch/2017/7/30/track-review-ri-business-trips

http://diymag.com/2017/06/30/rie-video-business-trips-watch-neu-pick-premiere

https://www.musicmusingsandsuch.com/musicmusingsandsuch/2017/7/30/track-review-ri-business-trips

以前、音楽活動をドミノ倒しに例えた記事を書いたが、現実では、コマの倒れるスピードは速くはない。つまり、一つの連鎖反応までに、数週間、数ヶ月と様子を見なければならない。イギリスでの活動大変だと思うけど頑張ってください的な優しいコメントをいただくことがあるが、休む暇もなく過酷な日々を送っているというより、『待つ』というまた違った拷問でもあるのだ。そして待っている間、次の『コマ』を並べていかなければ止まってしまう。

ということで、今何をしているかというと、リリースしたものの連鎖反応を気長に待ちつつ、次にリリースする作品、映像やビジュアルなどを作り続けているというのが現状。協力してくれる映像クリエイター、プロデューサーなどのサポートを探すのもポイントになってくる。

そして、日本でのリリース作品、ペインティングに、秋のライブの準備。セットリストやグッズデザインを構想しながら、年に一度の日本でのライブの機会を楽しみにしている。

そしてこの次、この先は?

今はイギリスでのアルバムに向けて、制作と企画を進めている。いきなりアルバム出しても唐突すぎるので、その前にEPを1、2枚ほど出す予定。ひたすら次のコマを並べる日々だ。

一躍有名に、などということはジャスティンビーバーにツイートされない限り難しいが、着実に前に進んでいる感覚がある。それは、今の結果がどうであれ、辿ってきた道と経験は全て貴重な財産だからだ。

Spotify- https://open.spotify.com/artist/1pz0eupAVseKPoUKVkNc4k

iTunes- https://itunes.apple.com/gb/artist/rié/id1230234920?l=en

Soundcloud- https://soundcloud.com/rie-music

Youtube- https://www.youtube.com/c/riemusicofficial

 

 

 

Moroccan Colors and Trance

English follows

【一言】

すっかりサボってしまっていたブログ、、ここからは、なるべく毎週更新するように心を入れ替えていきます…。まずは、一ヶ月も経ってしまったモロッコの旅ブログから。

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数千年前から変わらない市場の光景。

三角に盛られた香辛料、積み上げられた絨毯、様々な模様の描かれたお皿、タジン鍋…

モロッコは何年も前から行ってみたかった場所だった。実際に今回訪れてみて、期待以上なところも、その期待を裏切られた部分もあった。

期待以上だった部分は、見るものの美しさ。モロッコ芸術のインテリア、伝統工芸、食事の色彩、細部にこだわる模様や、光の芸術。ハマムやアルガンオイル、香料等、こんなにも文化を五感で吸収できる国はなかなか珍しい。

マラケシュの伝統衣装、カフタン
Kaftan costume from Marrakech

逆に期待を裏切られた部分は、モロッコ旅は決して安くない、ということ、、

日本人にとっては買い物天国なマラケシュのスーク。値段交渉が現地独特の文化だというが、『グッドウィルは循環するネ、アナタ好意でわたしにたくさんお金くれる、私その好意を広げていくアルね』と片言の英語で丸め込まれ、『何だかいい話~』とほだされている間に気付いたら散財している。厳しい気候の砂漠地帯で、サボテンのように生き抜くために長年培われてきたモロッコ人の精神なのかもしれない。砂漠から出稼ぎに来ているというターバンぐるぐる巻きのアラジンみたいな人たちも沢山いた。

この時期にモロッコを訪れた理由は、海沿いの街エッサウィラで開催される、北アフリカ・モロッコの伝統音楽、グナワ音楽のフェスティバルが目的。歌声と太鼓(トゥベル)、三線(ゲンブリ)、鉄製カスタネット(カルカバ)で編成されるこの音楽は、儀礼や療法としても使われる元祖トランス音楽。

フェス開催中のエッサウィラに到着すると、寝袋を背負ってモロッコの地方や周辺諸国から来た若者たちで溢れていた。西洋人はごくわずかで、ほとんどバックパッカー、ドレッド率高い。

 

その雰囲気が今までいったフェスと様子が違ったのは、ここはイスラム圏であると言うこと。そのためアルコールを飲んでいる人がいない、カップルも珍しい。純粋に音楽に浸りに来ているようだった。

エッサウィラに行く前に滞在したマラケシュのリヤドで流れていたとある歌が耳に引っかかり、ヒンディ・ザラというモロッコ人女性歌手であることを知ったのだが、タイミングよくグナワフェスにも出演していたため、彼女のライブを見ることができた。町中の円形劇場のバルコニーに絨毯が敷き詰められ、座るのはオットマンのモロッコクッション、という可愛らしいセッティング。ソフトな弾き語りかな、と思いきや、バンドのグナワ、レゲエ音楽のビートと共に髪を振り回すヒンディ。フランスで音楽賞を得るなど人気になった彼女だが、自身のルーツを大事にしているのが伝わって来た。

そしてメインステージのグナワ音楽の巨匠たちによるライブ。何十人もの人たちがカルカバでリズムを刻み、コール&レスポンスのようにメインの歌を追うように観客も踊りながら歌う。何度も言うが本当にクリーンな雰囲気、酔っ払いゼロ、ゴミもなく、輪になって踊っていたりして微笑ましい光景。リズムはシンコペーション、あるいは三拍子といったところで、その絶妙なハズし方はまさにジミーヘンドリクスやボブマーリー、70年代のロックに影響を与えたに違いない。

楽器屋に立ち寄ると、店主たちがジャムセッションをしている。三線を弾かせてもらうと、自然にリズムと歌を合わせてくれる。決まった曲も歌詞もなく、その場のグルーヴで何時間も続けていられそうだった。お店の楽器は全て店主の手作りで、何世代にも渡ってこの小さな港町で楽器を作り演奏し続けている。

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数千年前、著作権もシングルチャートもない時代からずっと変わらない音楽。きっと食事や会話のように自然に生活の一部になっているのだ。

この旅で気づいたことは、普段自分が考えている『音楽』とは、本来の音楽の軸からかけ離れた、後付けされた軽薄なラベルでしかないということ。

自分の名声のためにいい曲を作りたいと考えを巡らす、視聴回数、再生回数を増やすためにミュージックビデオやソーシャルメディアを研究する、、音楽がビジネスになっていること自体、究極を言えば空気を売っているようなもので、その虚構の発想に振り回されて来たのだ。

ラベルを取り払って核に見えたものは、『時間の共有』と言う、音楽が与える恩恵。

モロッコの砂と風の中で、こんなにも純粋な音楽の原点を見つめ直すことができた。

A thousand year-old souk, colorful cones of spices, pattern on plates, tan pots…

Morocco has been on the top of my bucket list for a long time. Last month, I finally made it there and the experience exceeded my expectation.

The Moroccan interior was stunning, and the traditional craftsmanship was refined and detailed. So many colors-food, patterns on the walls, and lights. Bath houses and Argan oils, scents of Frankincense…

Although the bargaining at the markets were a bit tough, I felt as if that has been the way of survival in the harsh desert conditions and ethnic diversities of this amusing country.

The main reason for visiting Morocco this time was year was to experience the festival of the traditional music of Northern Africa and Morocco; Gnaoua. Formed of voice and three instruments―percussion made of Goat’s skin Tbel, three-string guitar Guembri, and metal castanets Qarqaba―Gnaoua music has been an important part of rituals as one of the oldest trance music.

Arriving at the seaside town of Essaouira where this annual festival was held, the streets were filled with local backpackers and a few Westerners with dread-locks. What made the atmosphere so different from all the other festivals I’ve been to was that because of the Islamic culture, were no alcohol, and couples were rarely seen except families. People were there simply to immerse themselves in music.

I heard a song in the Marrakech riad that caught my attention, and found out the singer was performing at this festival the next day. Luckily we had a chance to see her, a Moroccan singer-songwriter who became successful in France, Hindi Zahra. The venue was the rooftop of a small colosseum, adorned with colorful carpets and ottomans. I thought it would be a soft acoustic set, but the band’s groove progressed from Reggae to Gnaoua beats, joined by the Sahara dancers and the singer herself dancing passionately in the middle of the stage. I felt her loyalty and passion for her roots as a Moroccan throughout the set.

More traditional performances were seen on the main stage at the entrance of the town. dozens of men were synchronizing with their qarqaba beats, syncopated or in a fast 3/4, heads spinning with their decorative hats, voice of call and response with the audience. I could see the connections with the 70’s rock musicians like Jimi Hendricks and Zeppelin.

Jam sessions were held in instruments shop, and even when a little Japanese came in they let me play the Guembri, and the session seemed to go on for hours.

Everything about this has remained the same for thousands of years, when there were no copyrights nor billboard charts, a natural part of their lives like conversation and eating.

what I discovered through this trip was that music that I see today is far from the core, only small labels that’s been attached with fickle concepts.

Let’s be honest, I write songs for my own fame, I rack my brain to come up with ideas on how to increase numbers of plays and social media activites…music as a business is ultimately the same as selling something like air, and we are all manipulated by this fabricated concept that music’s value is in a petty thing such as money.

What I saw after taking those small labels covering the core of music off, was the blessing of music; how it allows us to share time.

In the midst of the Moroccan breeze, I was able to re-discover this simple philosophy of music.