音楽ジャーナリストと会ってみる

楽曲をセルフリリースしてこちらの音楽マーケットに自己紹介をする。
この始め方としてのPR会社からの提案は、『ストーリーづくり』というものだった。
簡単に言えばプロフィールだが、音楽を聴かせるより先にこのストーリーで媒体を惹き付けることが大事だという。こんな人がいるよ、と口コミでも広がりやすいからだ。アーティストのブランド性も大事だ。
どういう背景で、どんな立ち位置になっていくのか…読み手に想像を膨らませてもらえるような、とっておきのストーリーが必要になってくる。
私の場合、その要素は沢山ある。日本での音楽活動という経歴、画家として活動もしていること、アメリカ、日本、イギリス、シンガポールに住んで来たという国際色。
それらをもっても『だから何?』と言われてしまえばそれで終わり。その先を巧妙に物語って行くのが、音楽ジャーナリストの仕事だ。
H氏が勧めたジャーナリストは、大手の新聞社ガーディアンなどにも寄稿しているP氏。彼の記事を読んでみると、なるほど、こんな物語のある人は一体どんな音楽を作るのだろうと思わず聴いてみたくなるような文章だ。
P氏と最初にコンタクトを取ったのが6月後半。そこから彼のスケジュールの確保に散々追いかけ、挙げ句の果てには夏の家族旅行に行くからという理由で7月まで先延ばしにされる。やっと8月の頭にミーティングが確定したもののドタキャンされ、更にリスケした日にも当日キャンセルしたいという連絡が来た。通常日本では、音楽ライターさんがこんなかたちでドタキャンを繰り返すことはありえないことだ。しかしここはイギリス。相手は売れっ子ジャーナリスト。向こうも悪気がある訳ではないが、さすがにこれにはあきれた。その日、彼に直接電話し、早めの時間で調整してくれないかと私から直談判して、やっとP氏と会う事ができた。

(つづく)

音楽PR会社の人と会ってみる

さて、いよいよセルフリリースの準備のスタート。とはいえこのブログは少し過去に遡って書いているので、実際にこの準備を始めたのはイギリス移住したばかりの4月だ。
ネットで何十社もPR会社を調べたところ、一つだけ気に入った会社を見つけた。手がけているアーティストの音楽性が何よりも素晴らしい。媒体への露出も決して派手でなく、その実力に伴った由緒正しい媒体ばかりだ。こんなアーティストと肩を並べられるようになりたい、そう思った。
レーベルやマネージメントにしてもいきなりネットで見つけたところにメールしても返事がくることはほぼない。実際に色々なところにメールしてみたが、まず返事がなく、あっても『紹介者なしの連絡は断っています』『今はアーティスト募集はしていません』などの自動メッセージばかりだ。
日本では大手レーベルでもデモテープを募集してアーティストを育成する部門があるが、イギリスでは私が調べた限りでは今のところどこにもない。それはアイドル文化の強い日本との大きな差かもしれない。
イギリスでは、育成されることよりも独自のスタイルを自ら切り開くことが推奨されているのだ。

紹介者なしでは繋がりにくいPR会社だが、今回はとても幸運な繋がりで紹介してもらうことができた。
旦那さんのお姉さんの学生時代の友人が、とある大手のPR会社に努めているという。
彼女に連絡を取ってみると、私が目星を付けていたPR会社の代表、H氏と知り合いだということで、すぐにメールで繋げてもらえた。
そしてその方と始めて会ったのが2015年の8月。私が1週間イギリスに旅行に来ていたときだ。
実はこの一週間で何も繋がりが出来なかったら、イギリスでのアーティスト活動をあきらめる事も考えていた。だが、この一週間で毎日色んな人と知り合う事ができて、これはこの目標を追いかけなさいという神様からのサインだと確信した。

実際に会ってみたH氏はPRというイメージとは真逆で、もの静かで口数も少なく、思ったよりも若い見た目だった。
翌年の2016年4月にイギリスに移住してきて、もう一度彼にPR担当を頼みたいという話をすると、イエスの返事をもらうまで1ヶ月かかった。
そしてここからPRプランがスタートするのだが、ここからもまた辛抱強さを鍛えられることになる。
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イギリス音楽業界の宣伝/媒体の仕組み Part2

ネットでMusic PR UKと検索すると、様々な会社が出て来る。長年大物を手がけている大手もあれば、手がけるアーティストリストにこだわった独自のブランドを掲げる会社もある。£〇〇○でこのプロモーションパッケージ!という商売っ気丸出しのところまで見かける。
彼らの実際の業務内容はレーベルの宣伝担当と同じだが、小さなインディーレーベルが多いイギリスではほとんどレーベルから業務委託をされていることが多い。彼らはオンラインや紙媒体のパブリケーションを担当する。ラジオへのアプローチもする所もあるが、それはまたラジオ宣伝専用のpluggerという人たちに委託することの方が多いようだ。彼らはラジオ局やDJとのパイプを持ち、レーベル→PR会社→と経由して楽曲をラジオオンエアへと持って行く。
こちらで勝負するためにはラジオ局を味方にするのが一番強いそうだ。局の種類も、BBC1はナウでヤングなヒット曲、BBC2は中高年向けのコンサバな音楽、BBC6は玄人音楽ファン向けのワールドミュージックやSufjan Stevens系、という風に番組単位ではなくラジオ局単位でリスナー層が分かれている。マーヴィンゲイなどの大人っぽいムーディーな曲ばかりをかけるSmoothFM, アラサー世代が思わず口ずさみたくなるTLCなどの曲ばかりかけるKisstory(インターネットラジオ)などもある。
ここまで知るとますます実感するのが、〇〇系というジャンルをはっきりすることが大事だということ。

他に聴いた事がないような斬新な楽曲を作ろう、とデモを作り続けてきた。
面白い曲が沢山出来て、それらのデモを聴いた人たちの反応も良いが、みんな口を揃えていうのが『ジャンルに当てはめるのが難しい』ということだ。
それからというもの、作る音楽のジャンルも意識するようになった。
こうやって宣伝の仕組みを知る事も、音楽活動の軸になる曲づくりにおいて大事なことだ。

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イギリス音楽業界の宣伝/媒体の仕組み

ここまで色々とイギリスの音楽業界の社会科見学してきたが、では実際にどうやってアーティストとしての活動を始めようか。
バンドだったら、イーストロンドンの地元のオーガナイザーと仲良くなってライブハウスのイベントに出演し続けながら知名度を上げて行くという方法があるが、ソロアーティスト、特にクラブやダンス系でもないアーティストとしてはその機会はなかなか少ない。
オープンマイクという手があるが、定期的な出演に繋がるようなものではない。

色々な人に話を聞いてみた結果、とりあえずシングルのセルフリリースから始めることに決めた。
今やデジタル配信で誰でもいつでも世界のiTunesで楽曲リリースができる時代。
こちらのグライムシーン(UKガラージ、2ステップ、トラップなどのクラブミュージックに、ラップやレゲエ、トラップなどの要素を加えた音楽ジャンルの総称。 2000年代にイギリスで生まれ、十代の若者の間で人気となった。)一番の人気を誇るSkeptaなどは、セルフリリースを続けている活動自体が話題になっているほどだ。レーベルなどのしがらみにとらわれない、ストリート発祥でリアルなアーティストというイメージは、このUK独特の音楽ジャンルのコンセプトとも相性が良い。

日本で一番力のある音楽の宣伝媒体はどうだろうか、と考えてみる。
強力な事務所のコネクションを使ってドラマ主題歌。
こうはいかないのがイギリスの音楽業界。そもそもイギリスでは、ドラマ+音楽、CM+音楽など、音楽が何かの付属品という概念があまりない印象だ。
ではテレビ(ドラマ、CM)以外でどこで一番音楽を聴くかというと、ラジオ。
そして音楽の宣伝において、お金にモノを言わせることができないのだ。
これは30年間マネジメント一筋でやってきたイギリス人の知り合いから何度も言われている。
もちろん大手のレーベルや事務所に所属すれば道はかなり開かれるが、それは予算の多さよりも、それらのレーベルの持つメディアとの繋がりやブランドの信頼性の強さが大きな要素だ。

では、まだレーベルも事務所もコネクションもほぼない身として何ができるか。
誰でもデジタルリリースできるとはいえ、ただ曲をネット上に投下するだけでは何も起こらない。アーティストから、音楽メディア、そしてリスナーへと橋渡しをしてくれる存在が必要だ。そこで登場するのが音楽PR会社。

次回の記事では、このPR会社について紹介する。
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超大御所マネージメントの事務所を訪ねてみる

世界でトップクラスのアーティストを担当し、彼に仕事を頼みたいときには家を買う程の予算が必要だという、某大御所音楽マネージャーに話を伺うことができた。知り合いのご紹介で連絡先を伺ったこの方。もちろん自分のマネージメントを探すのには身の程知らずなことは充分承知の上で、純粋に話を伺いたいと思って簡単な自己紹介のメールをしてみた。返事は期待していなかったのだが、予想外に、事務所に遊びにきたら、との返信をいただいた。
場所はマリルボーンの閑静な住宅・事務所街。標識もないフラットの扉を叩くと、ソーシャライトな雰囲気を醸し出すピンクの髪の女の子がドアを開けてくれた。こっちの事務所の受付女子はこういったイケイケのタイプが多い。
こじんまりしたそのマネージャーの個人オフィスに入ると、まずは同事務所の音楽弁護士を紹介される。また出た、弁護士!同じ部屋にぴったりと横にデスクを構えていることから、権利やお金を奪いにやってくる様々な手から守ってくれる番人のようだ。

大御所マネージャー氏は、雲の上の神が下界を穏やかに見下ろすような雰囲気があり、上から目線とも少し違った余裕が感じられた。自分の経歴を少し話し、イギリスでアーティストとして軌道に乗るまでには相当時間がかかると思うので、その間に音楽業界で経験を積める機会を探している、と話すと、その判断は賢い、と、以前弁護士が言ったような『色々時間とお金がかかる理由』を説明しなければならない手間を免れた、というようなほっとした表情で返事をくれた。

アーティストとして成功する近道はない。そして成功している人たちは決して手を差し伸べるようなことはしない。『有名になったら連絡してね』と言うだけだ。

とはいえ、ネット上どこからどんな火が付くか分らない今の時代だからこそ、次に何がヒットするかは長年業界にいるプロにさえも予想できない。唯一無二のアーティスト性、今迄聴いたこともない音楽、そんなものが求められている時代だからこそ、きっとこのマネージャー氏は私のような、イギリスで活動を始めたいと思っている日本人アーティストにも、忙しいスケジュールの中15分の時間を割いてくれたのだろう。

英語で、”Don’t put all eggs in one basket”というイディオムがある。

直訳すると『全部の卵を一つの籠に入れちゃだめ』。分り易い例だと分散投資、というところだろうか。

音楽活動においては、アドバイスを色々なところから聞いてみて、偏らずになるべく幅広い意見を集めること。今回も大変貴重な機会になった。

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イギリス最高峰の音楽アワード

先週末、今年のMercury Prizeの受賞者が発表になった。

マーキュリープライズとは、92年にBrit awardsのオルタナ版として作られたアワード。審査員はレーベルや出版社ではなくミュージシャンやジャーナリスト、音楽媒体に関わる人々から構成され、CDの売り上げ枚数とは全く関係なく純粋に音楽性が審査される。そのためそれまで注目されていなかった、予想外のアーティストが賞を取ることが多く、そのギャップのため逆に受賞後作品の売り上げが伸びるケースが多い。過去の受賞者はJames Blake, PJ Harveyなど。(ちなみにイギリス人、またはイギリス人メンバーのいるバンドのみが審査対象となっている)

沢山あるイギリスの音楽アワードの中でどれが最高峰かは基準が難しいところだが、『音楽性』というところでは間違いなくこの賞が一番そこに重点を置いている。

そんなマーキュリープライズの今年の受賞者は、Konnichiwaというアルバムを発表したSkepta。

今やイギリスのグライムシーン(UKガラージ、2ステップ、トラップなどのクラブミュージックに、ラップやレゲエ、トラップなどの要素を加えた音楽ジャンル。 2000年代からイギリスの若者の間で人気)を代表するSkeptaは、セルフリリースを続けてきた活動自体が話題になっている。大きなコーポレートのしがらみにとらわれない、ストリート発祥でリアルなアーティストというイメージは、このUK独特の音楽ジャンルのコンセプトとも相性が良い。

ここからは個人的な見解だが、オルタナ思考のこのアワードは、そんなストーリーも含めてこのアーティストを選んだのかもしれないとつい思ってしまう。
受賞インタビューでも、彼はこの賞を取ったことで色々な環境が変わってくると語アーティストにとってはその後のキャリアを変えるぐらい大きな賞なのだ。

イギリスの音楽アワードの話が出たところで、他にどんなアワードがあるのか、いくつかご紹介する。

Brit awards イギリス人アーティストにスポットライトを当てたアワード。80年代からTV放送が毎年話題になり、フレディーマーキュリーの最後のメデイア出演、BlurとOasisの確執など様々な伝説のシーンを残している。―過去の受賞者:Adele, Ed Sheeranなど

NME Awards 音楽雑誌NMEが発表するアワード。雑誌のカラーからしてロック色が強い。―過去の受賞者:Franz Ferdinand, Arctic Monkeysなど

Ivor Novello awards 作家団体によって選ばれるアワード。こちらも出版社やレーベルではなく、著名なコンポーザーが審査員となっていることから、ソングライティング自体に重点が置かれる。ーEd Sheeran, Tom Odellなど

それぞれ特徴のあるイギリスの音楽アワードだが、音楽の枠を超えたジャンルだと、BAFTA(BRITISH ACADEMY OF FILM AND TELEVISION ARTS)が一番大きなアワードだ。アカデミー賞のイギリス版とも言えるこの賞は、映画からテレビ、そしてそのサウンドトラック、ゲーム、子供向けのエンターテイメントなど幅広くカバーしている。BBCの音楽番組のプロデューサーだった義父は、1979年にこの名誉ある賞を受賞したという。彼はキャリアのピークで亡くなってしまったのだが、BAFTAを受賞したことは、間違いなく何代にも渡り語り継がれるほど素晴らしい功績だ。

img_1252BAFTAアワードのトロフィー

ネットワーキング・パーティー

二つの苦手な言葉、『業界』『コネクション』。こう書いてみるといやらしいが、ネットワーキング・パーティーなるものにも行ってみることにした。
まずは、先日訪れた音楽出版社が主催していた、800人が集まったタイルヤードでのパーティー。業界パーティーというが、ゲストリストはないのでかなりオープンな様子。
この日旦那さんは仕事の食事会があったので、なんと一人で乗り込むことになってしまった。
沢山の人がいすぎる上に知っている人は主催者のみというかなりのアウェイ戦。
そんな状況でとっさに思いついた解決策は、いいかんじに酔っぱらうこと!
知らないうちに色々な人に話しかけたり、飲み物をおごってもらっていたり(バーで注がれるのは確認してから)しているうちに、安物ワインを4杯も飲んでいた。
幸いその時点で、食事会が終わった旦那と合流し、ギリギリお酒に呑まれることなく帰路についたのだが、
この日の記憶はあまりないのでネットワーキングという目標は達成せずに終わった。。
唯一の教訓は、一人でパーティーに乗り込むのはやめたほうがいい、ということ!
二度目に参加したネットワーキングパーティーは、イギリスの音楽作家コミュニティが主催するもので、こちらはネットで調べて行ったので主催者どころか一人も知り合いがいなかった。
が、今回はネットワーキングのプロの旦那さんが一緒に来てくれたので、彼の巧みなソーシャルスキルのおかげで次々と新たな人たちと話すことができた。
音楽関係ではないにしても、こういったネットワーキングパーティーには慣れている旦那さん。アーティストとして自分から話しかけるよりも、あたかもマネージャーのように振る舞う旦那さんから、『日本から来たアーティストを紹介させてくれる?』とアプローチすると、いっきに興味を持たれたことに驚いた。
その日出会った人たちのキャラクターやストーリーも面白い。
今でもパンクバンドで活動しているという長髪の白髪のかっこいい初老女性。日本のマアヤ・サカモトの熱狂的なファンだというフランス人のおじさん。昔ボブマーリーのレーベルの人に自分のデモを褒めてもらえたという栄光を語る、くたびれた麻のスーツを着た白人のおじさん。ゲストからゲストへ忙しく動き回る主催者の女性は、90年代のブリットポップや最近ではJ-POPにも楽曲提供しているという。マイケルジャクソンのスリラー・ミュージカルで日本にも公演に行ったという黒人のお兄ちゃんや、兄弟3人でバンドをやっているという爽やかな青年たちにも出会った。
一人一人個性と物語があり、過去の栄光を振り返る者、これからの可能性に期待を膨らませる者など、それぞれのステージに立っていた。

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音楽出版社を訪ねてみる

同じタイルヤードの中にある、音楽出版社。こちらにも伺う機会に恵まれた。
きっかけは日本の出版社からの紹介で、日本へもイギリス人を含む外国人作家が沢山楽曲提供しているということで、紹介をしていただき、話を聞きに行った。
こちらは(弁護士と違って)気さくでオープンなおじさんが迎えてくれた。
事務所のミーティングルームのテーブルにつき、まず目についたのは、EXILEのCD。日本で流行の音楽も、フタを開けてみれば外国作家による作品がゴロゴロ。
知っていた情報ではあるが、イギリスの音楽業界を模索するぞ!と思って来た場所でこのように目の当たりにすると、なんだか拍子抜けしてしまう。
と同時に、日本の音楽シーンが世界でも注目されていることも意識するようになる。
もちろん興味深い話も沢山聞けて、流行の音楽が作られて行く過程も知る事ができた。
ダンスミュージックがまだまだ全盛期のイギリス、ヨーロッパでは、トラックメーカー(プロデューサー)が大量にトラックを作り、これらを何十人ものトップライン(メロディー)を作る作家たちにばらまく。
最近のトラックは4つのコードが繰り返されるような単純なものだが、ここでまた『ムード』がポイントになってくる。これに合ったメロディーを作り作家達は『応募』するわけだが、まさにそれは宝くじの券を買うようなものだ。
応募するのはタダだが、同時に採用されない限りお金にはならない。いつ当たるかと宝くじを買い続けることが、若手作家たちが通らなければならない道だという。
今回の訪問は、音楽業界の『工場見学』をさせてもらう貴重な機会になった。

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音楽業界弁護士を訪ねてみる

そのときは弁護士がどれだけ音楽業界に意味を持つのかを知らないまま、まるで就職面接に向かうような気持ちで事務所に向かった。
この人がイギリスでの音楽の道を切り開いてくれるかもしれない、という夢見がちな期待もあったが、この期待は見事に裏切られることになる。

女性秘書に名前を告げると、入り口のソファで『ここで待っていてください』と言われる。すぐ向かいにはガラス張りの弁護士のオフィスがあり、本人は大きな机に向かっている。
ガラス張りで丸見えなのにここで待たされる理由は何なのかと思ってしまう。室内には、よく音楽事務所にありがちなゴールドディスク的なプレート、レコードコレクションなどが並べられている。

やがて出て来た弁護士は、少し気難しそうな印象。
長年20カ国上の国でコーポレートビジネスを経験している旦那さんからのアドバイスで、こういったミーティングの際は必ず世間話から始めて相手との共通点を探し、場を和ませること、と言われている。
タイルヤードに初めて来たこと、近くに母校の新校舎が建っていて驚いたこと、そしてイギリスでは相手に日本に来たことはあるか、興味があることなど聞いてみる。
一通りの世間話が終わると、本題に入る。
自分の簡単な経歴と、イギリスでアーティストとして活動を始めたいという話をする。
次第に弁護士は硬い表情になり、
「レコーディングアーティストとしてイギリスで成功するのは断崖絶壁を登るようなもの」と言う。
楽曲提供する作家としてなら可能性はあるが、それも険しい山を上っていくようなものらしい。
ものすごい労力と時間が必要だし、何より献身的に続けなければいけない、と。
当時(昨年夏)はまだシンガポールに住んでいて、イギリス移住は決まっていなかった。
「まずはイギリスに引っ越さないと何も始まらない」という言葉には、たしかに納得できるものがあった。
時間もお金もものすごいかかる、もしあったとしても使わないほうがいい、とも彼は付け足した。
「ん?じゃあ何もしない方がいいってこと??」出来ることの可能性を探るためにアドバイスを聞きに来たのに、『出来ない理由』ばかりの発言ばかりでなんだか苛立って来た。

この『出来ない理由』を言う人は沢山いる。自分にも気付かないうちにそんな癖が出ているときがある。
これは本当に勿体ないことだし、一番避けたいこと。
必ず『出来る理由』はどんな状況でもある。

上から目線の口調、現実的だけど否定的な意見、これらは弁護士という職業柄つい出てしまうことなのかもしれないが、この日の訪問は不快に終わった。
同時に、イギリスでの音楽ビジネスは生温いものではないということも勉強になった。

この生意気弁護士おじさんをぎゃふんと言わせてやる。という具体的な目標も見つかった。

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新たなロンドンの音楽ハブ、タイルヤード・スタジオ

昨年の夏、ロンドンの某レコード会社のオフィスを訪ねた。エド・シーランを発掘したというA&Rに、イギリスでリリースしたいと思って作っていた曲を聴いてもらうと、とある音楽弁護士を紹介してくれた。イギリスやアメリカの音楽業界では、音楽専門弁護士がキープレイヤーだということをこのとき初めて知った。
この音楽弁護士のオフィスは、ユーロスターの発着駅、キングス・クロスの近くのタイルヤードというエリアにあった。

ロンドンの大半の地域と同様、このエリアは私が留学していた当初はあまり綺麗で安全な印象はなかった。それがオリンピック効果なのか好景気だからか、10年後に来てみればどこも再開発されおしゃれスポットになっていた。
まさにこの再開発に伴い母校のセント・マーチン芸大もこのエリアに引っ越し、ボロボロな廃墟のような校舎で学んでいた私の学費返して!と言いたくなるような立派な校舎がそびえ建っていた。

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このリノベーションバブルの波に乗って出来たタイルヤードも、多分以前は名前からしてバスルーム用品の倉庫地帯だったのだろう。

今のタイルヤードの実態は、70以上の音楽スタジオと100以上のオフィススペースで構成される、新たなロンドンの音楽業界のハブ。
ほとんどのCDショップが潰れ、大きなレコーディングスタジオも廃業に追い込まれているロンドンで、なぜまたこんな豪華な施設が誕生したんだろうか?とびっくりしたが、次第にその謎が解けていった。
これらの音楽スタジオは、ほとんど個人のプロデューサーのものか、出版者たちが作家たちのセッションに使うスタジオレンタル用のもの。
大きなスタジオが店じまいせざるを得なくなったのは、プロデューサーが高いスタジオを借りなくてもいいような音源機材や制作環境へと変化していった時代性にあり、極端に言うと家内制手工業化してきたといってもいいのかもしれない。

大きなスタジオを借りる=弦など生楽器を生のグルーヴ感を生かして良質な音で録る

この反対にあるのがEDM、ダンスミュージックだ。

ラップトップ一つで作ることができて、ライブ機材もUSB一本のみでもいい。これらの音楽プロデューサーはある程度成功すれば自分のスタジオを持つようになり、その需要に応えたのが、タイルヤードスタジオというわけだ。
ラジオをつければしつこいぐらいにダンスミュージックが流れ、どの曲も同じ構成、しかも同じ曲が一日に何度も流れる。
日本から想像するUKミュージックシーンといえば古き良きビートルズやストーンズなどの影響を受けたロックや、クロスカルチャーなロンドンを代表するような個性的でオーセンティクな音楽かもしれないが、実際に来てみると驚くほどにファストフードならぬ産業化されたファストミュージックで溢れていた。
多くのトラックは、トラックを作るDJ・プロデューサーと、トップライン(メロディ)を作る作家たちで構成され、出版社は作家たちを管理しつつ楽曲が売れるほど儲かっていく。
少々生々しい話になってしまったが、そんな産業サイクルの上で作られたタイルヤード。
ある意味、イギリスの音楽業界の新たな時代を作っていく場所になりそうだ。

いくつもの建物ブロックから見つけ出した音楽弁護士の事務所。

新しい学校の校舎を彷彿させる無機質な灰色の階段を上っていくと、そのオフィスがあった。(つづく)