From Japan, Singapore, to the UK—the road to a “single”シングルリリースまでの、長い道のりまとめ

English follows)
ついに来週、イギリスでファーストシングルのリリースが決まった。

ちなみに日本では新作のリリースは、1ヶ月前ぐらいから告知スタートする場合がほとんどだが、こちらではシングルの場合は一週間前、もしくは前日などにいきなり発表することが多くなってきているようだ。すぐに試聴できるメディアが溢れているからこそ、リリースの発表してすぐにオンラインで聴いたり購入したりするタイムラグをなるべく短くしようという意図のようだ。

一曲のリリースにたどり着くまであまりにも長かったので、ここでその過程を振り返ってみようと思う。

4年前に人生を変える出来事があった;それはどんな女性にとっても特別な、結婚ということ。旦那さんは、子供を産んで家庭に入る前に、私の人生でやり残したことがあるのではないかと言ってくれた。英語の歌詞を歌い、洋楽に影響を受けてきた自分にとって、英語圏での音楽活動は自然とずっと思い描いていた目標だった。
当時住んでいたシンガポールは、年中夏の楽園で、まさに赤ちゃん連れのママたちには理想的な環境だった。そこにターゲットを絞って、ベイビーキッズライブなどをやってみたが、ディズニーやジブリの歌を歌えるのは自分以外にもたくさんいる。そんな常夏生活の中で、温室のような壁を感じてしまった。そして中国やインドネシアなどのアジアツアーという貴重な経験を経て、新たな環境に挑戦してみたくなった。

I am finally releasing a first single in the UK.

Four years ago, a life-changing thing happened; marriage. This sounds familiar—but my husband, instead of expecting me to devote the next 18 years of my life to kids and housework, encouraged me to do otherwise. He believed in my talent and artistry, and changed his job to move to the UK to pursue my music career.
In the first year of our marriage, we lived in Singapore. Summer all year round, this tropical country was an ideal place to raise babies. All my friends were either pregnant or pushing buggies, and I even did a baby-kids gig, singing Disney songs. But then I realized that anyone can sing Disney songs. After touring Asia for the first time, discovering 2000 fans in China that I was never aware of, my ambition grew even stronger to expand the field in which I explore my potential as an artist. My husband made yet another big commitment by re-locating to the UK, the place where he swore never to return after having a traumatic past back home.

そこからまた旦那さんが大きな貢献をしてくれた。勤めている会社のイギリス支社に自ら転勤を希望してくれたのだ。彼は、家族との辛い過去やトラウマから、20年前に彼の母国であるイギリスを出てから、もう二度と戻らないと決めていた。だからこそ、これは簡単ではない、大きな決断だった。

2016年の春、ちょうど一年前にイギリスに移住した。
当初は、翌月ぐらいに何かしらリリースできるだろうと安易な考えを持っていたが、その考えは甘かった。
日本の音楽業界と違って、イギリスではレーベルや事務所側がアーティストを「育てる」という概念が全くといっていいほどない。極端な例えだと、日本では無垢な子犬を拾ってきて芸を教えるのに比べて、イギリスでは、野生で暴れている獣を見つけてその獲物にあやかろうというようなものだ。つまり自力で実績を積んでから初めて、レーベルや事務所が興味を持ってくれるのだ。特に今はネット上で色々自力でやりやすい分、野生の世界での競争率も激しい。
そこで決めたのがセルフリリースという手段だったが、ただセルフリリースしただけでは誰も見向きもしない。オンラインの音楽サイトと繋がりを持つPR会社との連携が必要だ。私が一緒にやりたいと思ったPR会社とのミーティングをセッティングするだけで1ヶ月近くかかってしまい、さらにそこから何段階かステップがあった。これが1年間の過程である。
①プロモーションしていくにあたって、アーティストのストーリーが大事。音楽ジャーナリストと会う(ドタキャンを繰り返され、2ー3ヶ月も先延ばしにされる)
②ミュージックビデオを作る→完成したものの、インパクトがいまいち薄く、作り直し。
③クリスマス休暇→ターキーと共にイギリス人の脳みそもローストされ、仕事停止。
④一時帰国時に、日本の映像プロダクションにアプローチ。自分のアイデンティティーを生かす映像は、東京とロンドンという2つの街をフィーチャーすることだと気付く。
⑤素晴らしいビデオが完成。現地の評判も良く、ディストリビューションが決まり、PR会社もついに始動。

→今ココ

その間にイギリス人の仕事の仕方、音楽業界の仕組み、日本との常識の違い(=日本の素晴らしさ)を学ぶことができた。そして、セルフリリースリリースにおいて大事なことは何か、何をすべきかのヒントも沢山得られた気がする。それらは追って紹介していく。
In the spring of 2016, exactly a year ago, we moved back to the UK.
At that time, I thought I could just release something a month later, but it wasn’t that easy at all.
The biggest difference between the labels/managements in Japan and in the UK is the artists’ position; in Japan, labels/managements nurture and train the artists, like taking up an innocent puppy and training them to do tricks. Whereas in the UK, labels/managements spot a wild wolf(or tiger, or whatever) that’s already on top of its game, and take their share of prey.
This example is quite extreme, but coming from a totally different market, it took a while to get used to the ‘wildlife’.
The decision I made was to self-release to begin with, working with PR. This was the one-year process that followed;

1.Story of the journey; meeting a music journalist
2.music video; trial and error
3.Christmas break; Brits’ brains get pickled along with pudding, stopping all activity
4.Realized that the best way to present my identity is to show two cities, London and Tokyo. Approached a Japanese video production company, video shoot in these two locations.
5.Outcome as a brilliant video. PR and distribution finally getting on track.

It took much longer than I expected, but during the process, I’ve learned so much about the UK music business, how people work, and differences from Japan. Most importantly, I gained numerous hints on how to survive as a Japanese artist in the UK, and the best is yet to come.

イギリスの田舎でタイムトラベル

夏目漱石が『倫敦塔』でロンドンの情景を表した、こんな一節がある。

見渡したところすべての物が静かである。物憂げに見える、眠っている、
皆過去の感じである。

漱石の時代から既に『過去の感じ』だったロンドンだが、今でもそのなんとも言えない憂いと、時空の停滞感は健在だ。むしろロンドンはいいほうで、郊外に足を運ぶと、更に500年ぐらいタイムスリップした感覚が味わえる。

以前紹介したイギリス各地に点在するナショナルトラストの屋敷をはじめとし、田舎を探索すれば数々の名所が何百年も全く変わらずに存在している。個人的に19世紀の風景画が好きなのだが、ゲインズボローやターナーなどによる名画の元になった風景が、田舎に行けばそっくりそのまま広がっているのだ。


Thomas Gainsborough “Wooded Landscape with a Peasant Resting”

絵のモチーフになった場所ではないが、こちらはStourheadというお屋敷の広大なお庭。


当時の風景画家達が魅了されたのも納得がいく絶景。

先日、11世紀末創立という歴史を持つオックスフォード大学を訪れた。
街並み、大学の建物はもちろんのこと、学生の日々の習慣も伝統を重んじられているようで、時を知らせる鐘の音からもその歴史が伝わってきた。

滞在先は、学生街から車で40分ほどのAylesburyという村の古民家だったのだが、ホテルや結婚パーティー、映画やドラマの撮影場所としても貸し出している大きな邸宅だった。家主さんが、大きなセントバナード犬とともに出迎えてくれた。
この建物、なんと14世紀に建てられたという。敷地内に牧場もあり、自家製の豚や鶏を朝食に出してくれた(可愛い子ブタちゃん達を観たあとだと少し気がひけるが。。)


オックスフォードからさらに北上すると、
世界遺産に登録されているブレナム(Blenheim)宮殿がある。宮殿というだけあって、イギリス・バロック様式で建てられた豪華な建築で、18世紀はじめにマールバラ公ジョン・チャーチルの邸宅として完成された。苗字からご察しの通り、この方の子孫は第二次世界大戦中に首相を務めたウィンストン・チャーチルである。宮殿ツアーを散策すると、元首相が産まれた部屋が当時のまま再現されていた。この宮殿ツアーには、細やかに動く人形などを使ったオーディオビジュアルツアーもあり、さすが世界遺産なだけあって、観光客を魅せる工夫が一段となされていた。


公爵といいつつもこの家系は一時自己破産しかけ、第9代公とアメリカ人大富豪の娘の結婚のおかげで宮殿を持ち直すことができたという。(個人的にこのアメリカ人妻に興味を持って、彼女の自伝を買ってしまったぐらい。その本には、お嫁入りした際に写真のパイプオルガンの演奏を聴いたことなどが書かれている。)さらにウィキペディアによると、現公爵である第12代マールバラ公は薬物中毒者として著名だそうだ。有り余るお金と伝統、名誉ある称号を背負って産まれてきたイギリスの上流階級の実態は、デカダンで破天荒な一面もあるのかもしれない。

イギリスの音楽PR方法とは

一年の『ドミノ並べ期間』を経て、やっと音源リリースの目処がついてきて、先日リリースプランの打ち合わせがあった。当日朝まで、また先方の都合で1ヶ月家族旅行に行くとか歯が痛いといった理由でドタキャン(過去に本当にあった話)されないかとヒヤヒヤしていたのだが、無事予定通りに来てくれた。

PR プランについて話していて、日本の私が知っている音楽キャンペーンの方法と違うなと思った点がいくつもあり興味深かった。

1.Spotify

一番にアタックしていくべきと言われたのが、Spotifyのプレイリスト。日本でもローンチされたSpotifyだが、こちらではこのストリーミング再生回数がアーティスト(音源)の人気のバロメーターになっている。ここで火が着けば様々なドアが開くことは間違いないだろう。リスナーを飽きさせないように定期的なリリースを行い、2、3曲を一ヶ月ごとに一曲ずつシングルリリースしていきアルバムに繋げるという戦略が主流になっているそうだ。

2.ソーシャルメディア

PR会社曰くSNSのポストは彼らの守備範囲ではないそうだ。それとは別にSNS専門のPRコンサルも多く存在する。Live機能などでユーザーとインタラクティブな企画を考えたり、常に進化しているメディアの機能を活用していくので、アンテナを張っていないといけないが、それは全部あなた自身でやってね、ということだった。SNS専用のコンサルをつけない限りは、会社のコントロールでなくアーティスト個人の判断になるようだ。

3.映像の力

準備期間の間で一番苦労したのが、映像作り。オンライン上のあらゆる視覚的な刺激に慣れている視聴者を惹きつけるような斬新なアイディアと、アイデンティティーを上手く伝えていくことが大事になってくる。音楽を届ける一番の手段は、音源自体よりもむしろ映像にフォーカスが当てられているのだ。音源のオフィシャルMVに加え、ライブバージョン、リリックビデオなど、工夫を重ねて様々な映像を作って来た。

4.ホームページ

オフィシャルHPのローンチも大事だろうと思ってPRスタッフに聞いたら、『え、あってもなくても別にいいけど』という反応でびっくりした。今の時代はあらゆる音源、映像プラットフォームがある為、HPには全く重きを置いていないのだ。公共交通機関が整いすぎているから、自家用車はあってもなくてもいいということだ。

5.じゃあPR会社は何をするの?

これは実はまだ未知のエリア。一年かけて映像やSNSコンテンツを作って来て、こっちサイドでできる限りのことはして来た。それらのコンテンツをオンライン音楽メディアに紹介するというのが彼らの仕事だが、どこまで何をしてくれるのか。このリリース期間を通して観察していきたいと思う。