The Great Escape

English follows)

毎年イギリス南部海沿いの町ブライトンにて、町中のライブハウスが会場となり若手アーティストの登竜門的なフェスが行われている。その名もThe Great Escape。アメリカで言えばSXSW、シンガポールではカンファレンスが中心のMusic Matters。日本だとライブ中心型の大阪のミナミホイールが同じように毎年若手バンドを送り出している。

社会科見学として、またブライトンに拠点があるディストリビューターのオフィスパーティーに顔を出しに、今回このフェスに初参加してみた。

正直言ってネットワーキングパーティーみたいなものはもうこりごりで、着いた瞬間帰りたくなると思っていたのだが、いいかんじにユルいこの海岸沿いの町のおかげか、思っていたよりゆったりした雰囲気のパーティーで、表面的なショービジネスといった感覚ではなかった。ガレージをステージに見立ててレーベル所属アーティストのライブが繰り広げられる前で、ほとんどの人たちが昼から飲んで吸ってうつろな目をしているか、ライブの音量を超える大声で会話をしていた。それまでメールでやり取りしていた担当ディストリビューターとも会ったのだが、大学卒業したてという感じだ。イギリスのインディーズミュージック業界の特徴なのかもしれないが、イベンター、プロモーターなど全体的に若く、日本のように上司のもとで動いているというよりは、彼らが率先してやっているようだ。関わる人たちも、地に足がついていて音楽に寄り添っている感じ。仕事ぶりは日本よりのんびりしているけど。

A lovely weekend out in Brighton to check out the Great Escape.

To be honest, it was much more laid back than I thought. Having been to numerous music networking events and having had the experience of encountering different kinds of people including some dodgy ones,  I thought it would be a bunch of superficial showbizz people hanging around; it was rather a collection of people who looked like they haven’t washed their hair for a week, stoned and drunk from 10am. No offense, all in a good-vibe way.

A big difference I felt in comparison to what I had seen in the Japanese music market was that the majority of the younger team were quite independently driven, while back home, they were pretty much working under their bosses. It was great to get reassurance that the indie music scene here is down to earth and the music remains pure to the artistry.

I had a few artists I wanted to check out, but after walking 30 minutes to the venues and queuing outside in the cold, the temptation of the jacuzzi at the boutique hotel that I had booked won over. Instead, I selected some favourite artists from the festival lineup;

ライブはいくつか目星をつけていたのだが、一人目のお目当アーティスト、キュートなラッパーLittle Simzの会場まで寒い中かなり歩いたため疲れてしまい、一軒目にてリタイアというオバサンぶり。。とはいえ若手アーティストをたくさん事前にチェックしていたので、気になったアーティストを紹介。

レトロでゆるかわ。

ライブが観たい!

今一番好きな女性アーティスト。

最高。

ちょっと裏返りそうな声があどけなくて可愛い。

オーディション潜入part2

 

ここでこのオーディションで歌った曲の解説を少し。

“Famous”という歌で、これには皮肉を込めたストーリーがある。

色々な音楽業界の人たちと話す機会をいただいてきたが、彼らのフィードバックの共通点はただ一つ。

『有名になったら会いに来てね。そしたら美味しいとこだけ持ってくよ』

ここまでストレートには言わないが、意訳はみんなこんなもんだ。

それを”See me when you’re famous”という歌詞で歌にしたのがこの曲。

音楽関係者と謳う審査員の前で歌うんだったらこの曲がピッタリだろうと考えた。

アレンジは、声のサンプリングと変わったビートで、音のユニークさを工夫した。

これに声が乗って曲が成り立つ。つまりアカペラで歌っても間のリズムがないので成立しないのだ。

退屈極まりない表情の審査員の前で、安物ラジカセからうっすらリズムが流れる。

全然聴こえないからタイミングが一小節ズレるが、誰もこの曲を知らないので『あえてのズレですよ』風にすまして歌を続ける。

しまいにはワンコーラスで時間がないからとCDを止められる(私を含め後半の順番の人たちはみんな途中で切られていた)。

環境ひどすぎ、、

時間がないのは理解できても、出演者への配慮とリスペクトが全然感じられない。

そんなもの必要ないとでも思ってるのかな??

アマチュア、プロは関係ない。音楽そのものへの敬意の問題だ。

そんな敬意がない人たちが作ったこの環境は、英語(or日本語)が分からない人たちがその国の文学を評価しようとするようなものだ。

日本で良い環境で活動させてもらってきた私の期待や理想が高すぎるのかな??

それともどんな状況でも最大のアピールができる柔軟な実力が必要?

または、そもそもこういったお金集め目的臭漂う嫌な予感がする状況に自分を置かないようにすることが大事?←コレですね。

ということで、イギリスのソングライティング・オーディション潜入レポートでした!

おススメ度 ★☆☆☆☆

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ソングライティング・オーディンションを受けてみる

初めてのことにチャレンジ、がテーマのイギリスでの活動。

イギリスでリリースする予定の楽曲をとにかくより多くの環境で聴いてもらおうと、色々なことを試してみている。

ネットで調べてみると、沢山のソングライティングコンペティションがある。

参加費を払って曲を『業界の』人に聴いてもらうというものだ。

明らかに良い予感はしなかったのだが、見事その予想は的中することになる。

今やPR会社とシングルリリースの話も進んでいる。ここでオーディションに参加する意味は全くない。つまり完全な取り越し苦労だ。

お世話になってきている自分の音楽出版社からも、『そんなところで何やってんの?』と言われるだろう。

分かっていながらも、イギリスのオーディションってどんなかんじなんだろう、という好奇心の方が勝ってしまった。

こうとなっては完全にブログ用の潜入レポートだ。

まずはホームページから申し込み。一曲いくらという仕組みだ。ちなみにソングライティング部門は£10。

申し込みは全国から来るので、地域によって様々な会場で審査員の前でのオーディションが開催され、各会場を割り当てられる。

私が参加したのは、カムデンの老舗ライブハウス、Dingwallsでのオーディション。

img_7994 img_7995当日驚いたのは、ライブ会場なのに音響機材が一切使えなかったこと。それだったらどこかの会議室でやっても同じなんじゃない?と疑問。

参加者はやはりキャラが立っている。ギターの弾き語りスキニーパンツ系男子。アフロヘアーファンキー系女性。歌のレベルはバラバラ。しかもマイクがないので声が聴こえない人もいる。

面白いもので、やはり人気の歌手の真似風の歌い方が多かった。女子はしゃくり上げながら上下するアリアナグランデ系。男性はハスキーなエドシーラン系。

日本のオーディションは行ったことがないが、きっと日本でもみんな人気の歌手の真似をして練習しているのだろう。男子ならエグザイル系とか。

審査員はメジャーレーベルからの○○さん、が4人並んでいたが、正直一刻も早く終わってほしいオーラを出しまくっていた。

実際に私の順番が来たときには、顔も上げない。

CDのバッキングトラックを持って来てもいいとのことだったので、スピーカーがあるかと思いきや、安物のラジカセ。しかも音がめちゃめちゃ小さい!

ボリュームを少し上げてほしいと言うと、『十分大きいよね?』と一言。

カチンと来たがここは笑顔でうなずき、自分の出番が始まった。(つづく)

音楽ジャーナリストと会ってみる Part2

ロンドンから北へ電車で30分、とあるロンドン郊外の駅。音楽ジャーナリストP氏は飼い犬と一緒に現れた。

近くのカフェで話を始める。

「実は今日歯が痛くなっちゃって、歯医者の予約が予定していたミーティングの時間とぶつかっちゃって、、」キャンセルしたいと言っていた驚きの理由だ。

忙しい中で時間を作ってくれた御礼を言うと、「僕タイピングするのが遅いから、色々締め切りがギリギリなんだよね」とまた天然発言。ライターでタイピング遅いってアナタ。散々予定を狂わされてきたが、なぜか憎めないタイプのP氏だった。

P氏は、まずは私の日本での活動に興味があるようだった。過去に活動歴がある人と話すときは、それぞれによって過去の話をしたがらない人も多いという。

私にとっては、これからのイギリスでの活動は、リセットではなく今迄の活動の延長線上だ。日本からアジア、そしてイギリス、ヨーロッパと、自分の力でどこまで進んで行けるか挑戦したい。

そして日本人のシンガーソングライターとしても、イギリスで活動することは未開拓の道だ。だからこそ挑戦する意義がある、そんな話をした。

何ヶ月も待って得られた取材の機会を最大に生かしたかったので、事前に様々な質問に対応できるように自己分析してきた。伝えたいキーワードも書き出した。その準備のおかげで、「これ言っておけばよかった、、」と思うことはなく、無事取材を終えられた。

ミーティングの最後に私からもP氏に質問した。

「今のイギリスの音楽シーンを3つの言葉で表現するとしたら?」

「うーん難しいなぁ、僕が音楽メディアで紹介する音楽はほとんどがアメリカかカナダのアーティストだからなー。

強いて言えば、エイミーワインハウスやアデルの登場以降、ソロアーティストがかなり増えたことかな?」

パンクロック、スカ、ニューウェーブ、ブリットポップなど様々なシーンを作ってきたイギリス。今はまさにソロアーティストの実力と個性が試される時代なのかもしれない。

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音楽ジャーナリストと会ってみる

楽曲をセルフリリースしてこちらの音楽マーケットに自己紹介をする。
この始め方としてのPR会社からの提案は、『ストーリーづくり』というものだった。
簡単に言えばプロフィールだが、音楽を聴かせるより先にこのストーリーで媒体を惹き付けることが大事だという。こんな人がいるよ、と口コミでも広がりやすいからだ。アーティストのブランド性も大事だ。
どういう背景で、どんな立ち位置になっていくのか…読み手に想像を膨らませてもらえるような、とっておきのストーリーが必要になってくる。
私の場合、その要素は沢山ある。日本での音楽活動という経歴、画家として活動もしていること、アメリカ、日本、イギリス、シンガポールに住んで来たという国際色。
それらをもっても『だから何?』と言われてしまえばそれで終わり。その先を巧妙に物語って行くのが、音楽ジャーナリストの仕事だ。
H氏が勧めたジャーナリストは、大手の新聞社ガーディアンなどにも寄稿しているP氏。彼の記事を読んでみると、なるほど、こんな物語のある人は一体どんな音楽を作るのだろうと思わず聴いてみたくなるような文章だ。
P氏と最初にコンタクトを取ったのが6月後半。そこから彼のスケジュールの確保に散々追いかけ、挙げ句の果てには夏の家族旅行に行くからという理由で7月まで先延ばしにされる。やっと8月の頭にミーティングが確定したもののドタキャンされ、更にリスケした日にも当日キャンセルしたいという連絡が来た。通常日本では、音楽ライターさんがこんなかたちでドタキャンを繰り返すことはありえないことだ。しかしここはイギリス。相手は売れっ子ジャーナリスト。向こうも悪気がある訳ではないが、さすがにこれにはあきれた。その日、彼に直接電話し、早めの時間で調整してくれないかと私から直談判して、やっとP氏と会う事ができた。

(つづく)

音楽PR会社の人と会ってみる

さて、いよいよセルフリリースの準備のスタート。とはいえこのブログは少し過去に遡って書いているので、実際にこの準備を始めたのはイギリス移住したばかりの4月だ。
ネットで何十社もPR会社を調べたところ、一つだけ気に入った会社を見つけた。手がけているアーティストの音楽性が何よりも素晴らしい。媒体への露出も決して派手でなく、その実力に伴った由緒正しい媒体ばかりだ。こんなアーティストと肩を並べられるようになりたい、そう思った。
レーベルやマネージメントにしてもいきなりネットで見つけたところにメールしても返事がくることはほぼない。実際に色々なところにメールしてみたが、まず返事がなく、あっても『紹介者なしの連絡は断っています』『今はアーティスト募集はしていません』などの自動メッセージばかりだ。
日本では大手レーベルでもデモテープを募集してアーティストを育成する部門があるが、イギリスでは私が調べた限りでは今のところどこにもない。それはアイドル文化の強い日本との大きな差かもしれない。
イギリスでは、育成されることよりも独自のスタイルを自ら切り開くことが推奨されているのだ。

紹介者なしでは繋がりにくいPR会社だが、今回はとても幸運な繋がりで紹介してもらうことができた。
旦那さんのお姉さんの学生時代の友人が、とある大手のPR会社に努めているという。
彼女に連絡を取ってみると、私が目星を付けていたPR会社の代表、H氏と知り合いだということで、すぐにメールで繋げてもらえた。
そしてその方と始めて会ったのが2015年の8月。私が1週間イギリスに旅行に来ていたときだ。
実はこの一週間で何も繋がりが出来なかったら、イギリスでのアーティスト活動をあきらめる事も考えていた。だが、この一週間で毎日色んな人と知り合う事ができて、これはこの目標を追いかけなさいという神様からのサインだと確信した。

実際に会ってみたH氏はPRというイメージとは真逆で、もの静かで口数も少なく、思ったよりも若い見た目だった。
翌年の2016年4月にイギリスに移住してきて、もう一度彼にPR担当を頼みたいという話をすると、イエスの返事をもらうまで1ヶ月かかった。
そしてここからPRプランがスタートするのだが、ここからもまた辛抱強さを鍛えられることになる。
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超大御所マネージメントの事務所を訪ねてみる

世界でトップクラスのアーティストを担当し、彼に仕事を頼みたいときには家を買う程の予算が必要だという、某大御所音楽マネージャーに話を伺うことができた。知り合いのご紹介で連絡先を伺ったこの方。もちろん自分のマネージメントを探すのには身の程知らずなことは充分承知の上で、純粋に話を伺いたいと思って簡単な自己紹介のメールをしてみた。返事は期待していなかったのだが、予想外に、事務所に遊びにきたら、との返信をいただいた。
場所はマリルボーンの閑静な住宅・事務所街。標識もないフラットの扉を叩くと、ソーシャライトな雰囲気を醸し出すピンクの髪の女の子がドアを開けてくれた。こっちの事務所の受付女子はこういったイケイケのタイプが多い。
こじんまりしたそのマネージャーの個人オフィスに入ると、まずは同事務所の音楽弁護士を紹介される。また出た、弁護士!同じ部屋にぴったりと横にデスクを構えていることから、権利やお金を奪いにやってくる様々な手から守ってくれる番人のようだ。

大御所マネージャー氏は、雲の上の神が下界を穏やかに見下ろすような雰囲気があり、上から目線とも少し違った余裕が感じられた。自分の経歴を少し話し、イギリスでアーティストとして軌道に乗るまでには相当時間がかかると思うので、その間に音楽業界で経験を積める機会を探している、と話すと、その判断は賢い、と、以前弁護士が言ったような『色々時間とお金がかかる理由』を説明しなければならない手間を免れた、というようなほっとした表情で返事をくれた。

アーティストとして成功する近道はない。そして成功している人たちは決して手を差し伸べるようなことはしない。『有名になったら連絡してね』と言うだけだ。

とはいえ、ネット上どこからどんな火が付くか分らない今の時代だからこそ、次に何がヒットするかは長年業界にいるプロにさえも予想できない。唯一無二のアーティスト性、今迄聴いたこともない音楽、そんなものが求められている時代だからこそ、きっとこのマネージャー氏は私のような、イギリスで活動を始めたいと思っている日本人アーティストにも、忙しいスケジュールの中15分の時間を割いてくれたのだろう。

英語で、”Don’t put all eggs in one basket”というイディオムがある。

直訳すると『全部の卵を一つの籠に入れちゃだめ』。分り易い例だと分散投資、というところだろうか。

音楽活動においては、アドバイスを色々なところから聞いてみて、偏らずになるべく幅広い意見を集めること。今回も大変貴重な機会になった。

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音楽出版社を訪ねてみる

同じタイルヤードの中にある、音楽出版社。こちらにも伺う機会に恵まれた。
きっかけは日本の出版社からの紹介で、日本へもイギリス人を含む外国人作家が沢山楽曲提供しているということで、紹介をしていただき、話を聞きに行った。
こちらは(弁護士と違って)気さくでオープンなおじさんが迎えてくれた。
事務所のミーティングルームのテーブルにつき、まず目についたのは、EXILEのCD。日本で流行の音楽も、フタを開けてみれば外国作家による作品がゴロゴロ。
知っていた情報ではあるが、イギリスの音楽業界を模索するぞ!と思って来た場所でこのように目の当たりにすると、なんだか拍子抜けしてしまう。
と同時に、日本の音楽シーンが世界でも注目されていることも意識するようになる。
もちろん興味深い話も沢山聞けて、流行の音楽が作られて行く過程も知る事ができた。
ダンスミュージックがまだまだ全盛期のイギリス、ヨーロッパでは、トラックメーカー(プロデューサー)が大量にトラックを作り、これらを何十人ものトップライン(メロディー)を作る作家たちにばらまく。
最近のトラックは4つのコードが繰り返されるような単純なものだが、ここでまた『ムード』がポイントになってくる。これに合ったメロディーを作り作家達は『応募』するわけだが、まさにそれは宝くじの券を買うようなものだ。
応募するのはタダだが、同時に採用されない限りお金にはならない。いつ当たるかと宝くじを買い続けることが、若手作家たちが通らなければならない道だという。
今回の訪問は、音楽業界の『工場見学』をさせてもらう貴重な機会になった。

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音楽業界弁護士を訪ねてみる

そのときは弁護士がどれだけ音楽業界に意味を持つのかを知らないまま、まるで就職面接に向かうような気持ちで事務所に向かった。
この人がイギリスでの音楽の道を切り開いてくれるかもしれない、という夢見がちな期待もあったが、この期待は見事に裏切られることになる。

女性秘書に名前を告げると、入り口のソファで『ここで待っていてください』と言われる。すぐ向かいにはガラス張りの弁護士のオフィスがあり、本人は大きな机に向かっている。
ガラス張りで丸見えなのにここで待たされる理由は何なのかと思ってしまう。室内には、よく音楽事務所にありがちなゴールドディスク的なプレート、レコードコレクションなどが並べられている。

やがて出て来た弁護士は、少し気難しそうな印象。
長年20カ国上の国でコーポレートビジネスを経験している旦那さんからのアドバイスで、こういったミーティングの際は必ず世間話から始めて相手との共通点を探し、場を和ませること、と言われている。
タイルヤードに初めて来たこと、近くに母校の新校舎が建っていて驚いたこと、そしてイギリスでは相手に日本に来たことはあるか、興味があることなど聞いてみる。
一通りの世間話が終わると、本題に入る。
自分の簡単な経歴と、イギリスでアーティストとして活動を始めたいという話をする。
次第に弁護士は硬い表情になり、
「レコーディングアーティストとしてイギリスで成功するのは断崖絶壁を登るようなもの」と言う。
楽曲提供する作家としてなら可能性はあるが、それも険しい山を上っていくようなものらしい。
ものすごい労力と時間が必要だし、何より献身的に続けなければいけない、と。
当時(昨年夏)はまだシンガポールに住んでいて、イギリス移住は決まっていなかった。
「まずはイギリスに引っ越さないと何も始まらない」という言葉には、たしかに納得できるものがあった。
時間もお金もものすごいかかる、もしあったとしても使わないほうがいい、とも彼は付け足した。
「ん?じゃあ何もしない方がいいってこと??」出来ることの可能性を探るためにアドバイスを聞きに来たのに、『出来ない理由』ばかりの発言ばかりでなんだか苛立って来た。

この『出来ない理由』を言う人は沢山いる。自分にも気付かないうちにそんな癖が出ているときがある。
これは本当に勿体ないことだし、一番避けたいこと。
必ず『出来る理由』はどんな状況でもある。

上から目線の口調、現実的だけど否定的な意見、これらは弁護士という職業柄つい出てしまうことなのかもしれないが、この日の訪問は不快に終わった。
同時に、イギリスでの音楽ビジネスは生温いものではないということも勉強になった。

この生意気弁護士おじさんをぎゃふんと言わせてやる。という具体的な目標も見つかった。

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新たなロンドンの音楽ハブ、タイルヤード・スタジオ

昨年の夏、ロンドンの某レコード会社のオフィスを訪ねた。エド・シーランを発掘したというA&Rに、イギリスでリリースしたいと思って作っていた曲を聴いてもらうと、とある音楽弁護士を紹介してくれた。イギリスやアメリカの音楽業界では、音楽専門弁護士がキープレイヤーだということをこのとき初めて知った。
この音楽弁護士のオフィスは、ユーロスターの発着駅、キングス・クロスの近くのタイルヤードというエリアにあった。

ロンドンの大半の地域と同様、このエリアは私が留学していた当初はあまり綺麗で安全な印象はなかった。それがオリンピック効果なのか好景気だからか、10年後に来てみればどこも再開発されおしゃれスポットになっていた。
まさにこの再開発に伴い母校のセント・マーチン芸大もこのエリアに引っ越し、ボロボロな廃墟のような校舎で学んでいた私の学費返して!と言いたくなるような立派な校舎がそびえ建っていた。

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このリノベーションバブルの波に乗って出来たタイルヤードも、多分以前は名前からしてバスルーム用品の倉庫地帯だったのだろう。

今のタイルヤードの実態は、70以上の音楽スタジオと100以上のオフィススペースで構成される、新たなロンドンの音楽業界のハブ。
ほとんどのCDショップが潰れ、大きなレコーディングスタジオも廃業に追い込まれているロンドンで、なぜまたこんな豪華な施設が誕生したんだろうか?とびっくりしたが、次第にその謎が解けていった。
これらの音楽スタジオは、ほとんど個人のプロデューサーのものか、出版者たちが作家たちのセッションに使うスタジオレンタル用のもの。
大きなスタジオが店じまいせざるを得なくなったのは、プロデューサーが高いスタジオを借りなくてもいいような音源機材や制作環境へと変化していった時代性にあり、極端に言うと家内制手工業化してきたといってもいいのかもしれない。

大きなスタジオを借りる=弦など生楽器を生のグルーヴ感を生かして良質な音で録る

この反対にあるのがEDM、ダンスミュージックだ。

ラップトップ一つで作ることができて、ライブ機材もUSB一本のみでもいい。これらの音楽プロデューサーはある程度成功すれば自分のスタジオを持つようになり、その需要に応えたのが、タイルヤードスタジオというわけだ。
ラジオをつければしつこいぐらいにダンスミュージックが流れ、どの曲も同じ構成、しかも同じ曲が一日に何度も流れる。
日本から想像するUKミュージックシーンといえば古き良きビートルズやストーンズなどの影響を受けたロックや、クロスカルチャーなロンドンを代表するような個性的でオーセンティクな音楽かもしれないが、実際に来てみると驚くほどにファストフードならぬ産業化されたファストミュージックで溢れていた。
多くのトラックは、トラックを作るDJ・プロデューサーと、トップライン(メロディ)を作る作家たちで構成され、出版社は作家たちを管理しつつ楽曲が売れるほど儲かっていく。
少々生々しい話になってしまったが、そんな産業サイクルの上で作られたタイルヤード。
ある意味、イギリスの音楽業界の新たな時代を作っていく場所になりそうだ。

いくつもの建物ブロックから見つけ出した音楽弁護士の事務所。

新しい学校の校舎を彷彿させる無機質な灰色の階段を上っていくと、そのオフィスがあった。(つづく)