〜番外編〜結婚記念日

今月の10日、ドイツのハンブルグで3年目の結婚記念日を迎えた。

旦那さんの出張だったので、今回は一緒についていくことにしたのだ。

img_8653img_8660美しい港町のハンブルグは、ドイツで二番目に大きな都市。戦前、戦後と貿易の中心地となっていて、巨大な赤煉瓦倉庫街や貿易で財を成した富豪たちの上品な家が並んでいた。ちょうど雪景色でクリスマスマーケットの準備をしている時期だった。

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プライベートなことをあまり大々的に書くのは恐縮だが、このブログで書いている音楽活動と結婚生活とは非常に大きな繋がりがある。

というのも、音楽活動だけでなく、どんなキャリアにおいても身近なパートナーの理解とサポートは切っても切れない関係だからだ。

今まで身近な人たちから、(自分の目標や夢を話すと)そんなことできっこないよと言われたこともが何度かある。5年前にレコード会社に所属していた頃、震災後に何か自分にできることを企画したいと話すと、あなたほどの知名度では何やっても意味ないよと言われた。その一言で、レコード会社を辞めて独立すると決めたのだった。

自分の所属するレーベルでも会社でも、友人やパートナーでも、自分にとって良い存在か判断する基準はただ一つ、自分を肯定してくれるかどうか。

旦那さんはイギリスに来てから何度も弱音を吐くたびに、どれだけ私の才能を信じてくれているか、繰り返し語ってくれた。

お互いを大切にすること以上に、肯定すること、信じることの大切さを、この3年間で教わってきた。

何があってもパートナーを否定してはいけないし、卑下する発言もしてはいけない。

私よりも随分と人生経験の豊富な旦那さんを、同じように私からも最大限に信じて支えて行くこと…これからの大きな目標だ。

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MV制作 Part3~St.Martin-in-the-Fields~

このミュージックビデオの撮影チームは兄弟による映像会社だ。
なんと5人の男兄弟だというマン・ブラザーズというチームは、イギリスに来て依頼お世話になっている、某日本人ギタリストのマネージャーA氏に紹介していただいた。
打ち合わせでは、曲のコンセプトを丁寧に紐解いてくれて、それにピッタリのアイディアを次々と出してくれた。
この曲は、実はロンドンに対する複雑な心境が込められている。
イギリスでの音楽活動という目的、その前に立ちふさがる障害物はたった一つ、自分の自信の揺らぎだ。
その自信を揺るがせるものも一つしかない、それは他人からの否定的な意見だ。
このブログでも以前書いた記事に、弁護士から言われた、『出来ない理由』。
この歌は、そんな意見に対抗する歌。

そんなことをチームに話すと、それらのコンセプトを、ダンサーの動きを通して表現することを提案してくれた。
二人のダンサーが、そういった『障害物』を表現する振り付けで私の両脇から出て来る。
その中を、揺るぎない自信を持つ表情で進んでいくことで、歌のテーマである芯の強さを表現するというものだ。

すぐに、撮影にちょうどいいスタジオを見つけてくれて、スケジュールも決まった。
スタジオは、白い壁と高い天井ながらも、決して無機質ではなく、木の床がいい味を出している。

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振り付け師と二人のダンサーは、念入りにコンセプトに沿った振り付けを考えてくれて、テイク数も最小限に順調に撮影が進んだ。
ウエストエンドでのミュージカルにも出ているというダンサーたち。
イギリスではやはりパフォーミングアーツに対する環境も良く、こういった素晴らしいダンサーがすぐに見つかるのもロンドンならではなのではないだろうか。

mb_riefu9mb_riefu12そして驚いたのは、兄弟のチームワーク。映像の制作現場では、撮影よりもセッティングの方がはるかに時間がかかるもので、チーム内での効率の良いコミュニケーションが重要になってくるが、
さすが血のつながった兄弟、まさに阿吽の呼吸で撮影が進んでいった。

兄弟喧嘩はしないの?と聞くと、そこもプロ意識を持って、クライアントがいないときにこっそりと喧嘩することもあるよ、と話してくれた。
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MV制作 Part2~Business Trips~

このMVは、シンガポールで行った。撮影時はまだシンガポールに住んでいたので、現地のクリエイターとのコラボの機会を探していたのだ。

ちょうどそんなときに、現地の名門美大、ラサールの映像科の卒業制作の発表会に行く機会があり、そこで観た作品たちのクオリティの高さに驚いた。

この学校は、イギリスのThe Puttman Schoolという映像学校と提携を結んでいるため、イギリスが誇る高い映像科教育の恩恵も受けている。

そのとき見た作品では、エリート志向のシンガポールの中での社会的弱者やアンダーグラウンドな世界をテーマにしたドキュメンタリーが印象的で、

どれもコンセプトが面白く、シネマトグラフフィーもプロフェッショナル顔負けのクオリティーだった。

ラサールの先生に紹介していただき、最近卒業してプロダクションを設立したTanglin Filmsに制作を依頼した。

彼らは現役の学生からの信頼もあつく、ボランティアを募ると15人近くの学生さんたちが協力してくれて、大学にある撮影スタジオに、3日間ほぼ徹夜でベニヤ板やダンボールで大掛かりなステージセットを作ってくれた。

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プロのプロダクション会社でもこの手際の良さには敵わないのではないだろうか、とういぐらい頼もしい学生さんたち。風格もこの通り!

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日本でも10本以上ミュージックビデオの撮影現場を目の当たりにしてきたが、こんなに活気のある現場は初めてだった。

そして黙々と作業していた学生さんの一人が、撮影終了後に、私の音楽をずっと聴いていてくれたと話してくれて、サインを求めてくれたのが嬉しかった。

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この撮影中は、普段関わる事がなかった現地の学生さんたちとの貴重な交流の機会にもなった。

完成した作品のクオリティーも素晴らしいものだった。

日本からシンガポールへ、そこで出会った人たちのアイディアと力で、海を渡ってイギリスで発表できる作品になったことに感激だ。

ミュージックビデオ制作 Part1~SIGN~

今やミュージックビデオはSNSでの宣伝方法として、アーティスト写真などよりも重用視されている。

今回初めてイギリスで制作したミュージックビデオの曲は、SIGNというエキセントリックな曲。

夜中の2時に夢の中で出てきた曲で、ぬくっと起きてその時に瞑想状態で書き上げた。

歌詞の意味合いも無意識で作ったものなので、後になって『こういうメッセージだったのか?』と自分でも驚きだった、ユニークな一曲だ。

通常ミュージックビデオの撮影は、コンセプトの打ち合わせから始まり、カメラマンやスタッフの手配、具体的なスケジュール、ロケハン、撮影と過程がある。

独立してからは全ての過程を自分で管理しているが、イギリスでの撮影となると更にそのDIY感の工夫が大事になってくる。

まずはクリエイターと繋がることから始まる。

美大時代の友達に、ロンドンの映像カメラマンを紹介してもらった。

彼は卒業後シネマトグラフィーの勉強を大学院で続け、映像カメラマンとしてBBCや企業の仕事をこなしているという。

ただ、プロダクション会社ではないので、編集などはできないという。

この時期ちょうどPremier Pro(映像編集ソフト)の使い方を学び始めていたので、編集は自分でやることにして、このカメラマンB氏に撮影を依頼する事にした。

撮影場所は、前から気になっていたHackney Wickのグラフィティーアートが多く見られるエリア。見方次第で様々なメッセージが潜むグラフィティーアートが、この曲のコンセプトと繋がった。

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Hackneyは、私が10年前留学していた頃は、犯罪が多発する危険なエリアで、そのため家賃も安く沢山の若者やアーティストが住むようになった。

そのおかげで10年も経てば治安も改善され、そのかわりにヒップでトレンディなアート、カルチャースポットとして、今では日本で言う吉祥寺的な存在になっている。

ロケハンも自分で行い、撮影ポイントを決めて絵コンテを描いていく。

スタッフはカメラマン、そしてアシスタントさん、ワーホリでロンドンに来ている日本人のヘアメイクの方の3人で決行された。

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ここで、カメラマンとアシスタントさんの他にもう一人スタッフがいることが大事になってくる。

使用機材は高価なものばかりなので、特にハックニーでは、荷物の見張り番も必要になってくるのだ。

そんなDIYな撮影も、念入りなロケハンのおかげでスケジュール通りに無事終えることができて、編集作業も自分で楽しんで行うことができた。

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イギリスの若きパフォーマーの特徴

イベントの対バンやパーティーなどで見かけるイギリス人の若手アーティストの特徴として、日本と決定的に違う所は、パフォーマンス力だ。シェイクスピア的演劇大国だからかもしれないが、とにかくステージに上がると彼らはいっきに我らがビヨンセ、と言わんばかりの自己アピール力を発揮する。『すっごく緊張してて、、』とはにかむ女性シンガーを男性が応援したくなるような日本のライブとは真逆で、少しでも自信がなさそうな素振りを見せれば、観客の興味はすぐに失せ、彼らの大声の話し声に歌声が掻き消される。この、『最大限の自信をアピールする』というメンタリティは、日常生活での人間関係や、ビジネスマナーでも見られるイギリスの大きな特徴のようだ。ナイーブ、天然、癒し系、、それらは全て『未熟』や『無能』と見なされてしまうのがイギリスのコミュニケーション社会。子供の頃から大人へもきちんと対応することを刷り込まれるイギリスでは、日本でいう子供の『赤ちゃん言葉』というものもあまり聞いたことがない。
そんな環境で育ったイギリス人、ましてや自らアーティストを志すタイプの人たちは、なおさらライブでの自信が凄い。
ただ、必ずしもその自信に実力が伴っているというわけでもないのが、彼らの面白いギャップだ。あるイベントで対バンしたボーイ・ジョージ風のメイクと衣装の若者、この見た目でどんなパフォーマンスが見られるかとワクワクしていたら曲がダサすぎて拍子抜けしたこともあったし、長髪のジョンレノン風の男性からはポエティックな弾き語りが聴けるだろうと思ったら、思いっきり4コードポップだった、ということもあった。
これはイギリスの人気オーディション番組、”The X Factor”でもたまに見られる傾向だ。お世辞にも歌が上手い、ダンスが上手いとは言えないけど、奇抜な風貌ととんでもない自信でキャラクター勝ちして審査員や視聴者に気に入られるパフォーマーも沢山いる。何でも『とんでもない個性と自信を持って貫いている』という人を応援するのがイギリスならではだ。
そしてイギリスの若手アーティストたちは共演者としての感じもとてもいい。必ず挨拶するし、他のパフォーマンスにも敬意を払うことも忘れない。その点もイギリス人のコミュニケーションマナーの大事な要素として刻み込まれている気質のようだ。

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Oxford Circusの路上バンド、いいかんじ

音楽ジャーナリストと会ってみる Part2

ロンドンから北へ電車で30分、とあるロンドン郊外の駅。音楽ジャーナリストP氏は飼い犬と一緒に現れた。

近くのカフェで話を始める。

「実は今日歯が痛くなっちゃって、歯医者の予約が予定していたミーティングの時間とぶつかっちゃって、、」キャンセルしたいと言っていた驚きの理由だ。

忙しい中で時間を作ってくれた御礼を言うと、「僕タイピングするのが遅いから、色々締め切りがギリギリなんだよね」とまた天然発言。ライターでタイピング遅いってアナタ。散々予定を狂わされてきたが、なぜか憎めないタイプのP氏だった。

P氏は、まずは私の日本での活動に興味があるようだった。過去に活動歴がある人と話すときは、それぞれによって過去の話をしたがらない人も多いという。

私にとっては、これからのイギリスでの活動は、リセットではなく今迄の活動の延長線上だ。日本からアジア、そしてイギリス、ヨーロッパと、自分の力でどこまで進んで行けるか挑戦したい。

そして日本人のシンガーソングライターとしても、イギリスで活動することは未開拓の道だ。だからこそ挑戦する意義がある、そんな話をした。

何ヶ月も待って得られた取材の機会を最大に生かしたかったので、事前に様々な質問に対応できるように自己分析してきた。伝えたいキーワードも書き出した。その準備のおかげで、「これ言っておけばよかった、、」と思うことはなく、無事取材を終えられた。

ミーティングの最後に私からもP氏に質問した。

「今のイギリスの音楽シーンを3つの言葉で表現するとしたら?」

「うーん難しいなぁ、僕が音楽メディアで紹介する音楽はほとんどがアメリカかカナダのアーティストだからなー。

強いて言えば、エイミーワインハウスやアデルの登場以降、ソロアーティストがかなり増えたことかな?」

パンクロック、スカ、ニューウェーブ、ブリットポップなど様々なシーンを作ってきたイギリス。今はまさにソロアーティストの実力と個性が試される時代なのかもしれない。

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音楽ジャーナリストと会ってみる

楽曲をセルフリリースしてこちらの音楽マーケットに自己紹介をする。
この始め方としてのPR会社からの提案は、『ストーリーづくり』というものだった。
簡単に言えばプロフィールだが、音楽を聴かせるより先にこのストーリーで媒体を惹き付けることが大事だという。こんな人がいるよ、と口コミでも広がりやすいからだ。アーティストのブランド性も大事だ。
どういう背景で、どんな立ち位置になっていくのか…読み手に想像を膨らませてもらえるような、とっておきのストーリーが必要になってくる。
私の場合、その要素は沢山ある。日本での音楽活動という経歴、画家として活動もしていること、アメリカ、日本、イギリス、シンガポールに住んで来たという国際色。
それらをもっても『だから何?』と言われてしまえばそれで終わり。その先を巧妙に物語って行くのが、音楽ジャーナリストの仕事だ。
H氏が勧めたジャーナリストは、大手の新聞社ガーディアンなどにも寄稿しているP氏。彼の記事を読んでみると、なるほど、こんな物語のある人は一体どんな音楽を作るのだろうと思わず聴いてみたくなるような文章だ。
P氏と最初にコンタクトを取ったのが6月後半。そこから彼のスケジュールの確保に散々追いかけ、挙げ句の果てには夏の家族旅行に行くからという理由で7月まで先延ばしにされる。やっと8月の頭にミーティングが確定したもののドタキャンされ、更にリスケした日にも当日キャンセルしたいという連絡が来た。通常日本では、音楽ライターさんがこんなかたちでドタキャンを繰り返すことはありえないことだ。しかしここはイギリス。相手は売れっ子ジャーナリスト。向こうも悪気がある訳ではないが、さすがにこれにはあきれた。その日、彼に直接電話し、早めの時間で調整してくれないかと私から直談判して、やっとP氏と会う事ができた。

(つづく)

音楽PR会社の人と会ってみる

さて、いよいよセルフリリースの準備のスタート。とはいえこのブログは少し過去に遡って書いているので、実際にこの準備を始めたのはイギリス移住したばかりの4月だ。
ネットで何十社もPR会社を調べたところ、一つだけ気に入った会社を見つけた。手がけているアーティストの音楽性が何よりも素晴らしい。媒体への露出も決して派手でなく、その実力に伴った由緒正しい媒体ばかりだ。こんなアーティストと肩を並べられるようになりたい、そう思った。
レーベルやマネージメントにしてもいきなりネットで見つけたところにメールしても返事がくることはほぼない。実際に色々なところにメールしてみたが、まず返事がなく、あっても『紹介者なしの連絡は断っています』『今はアーティスト募集はしていません』などの自動メッセージばかりだ。
日本では大手レーベルでもデモテープを募集してアーティストを育成する部門があるが、イギリスでは私が調べた限りでは今のところどこにもない。それはアイドル文化の強い日本との大きな差かもしれない。
イギリスでは、育成されることよりも独自のスタイルを自ら切り開くことが推奨されているのだ。

紹介者なしでは繋がりにくいPR会社だが、今回はとても幸運な繋がりで紹介してもらうことができた。
旦那さんのお姉さんの学生時代の友人が、とある大手のPR会社に努めているという。
彼女に連絡を取ってみると、私が目星を付けていたPR会社の代表、H氏と知り合いだということで、すぐにメールで繋げてもらえた。
そしてその方と始めて会ったのが2015年の8月。私が1週間イギリスに旅行に来ていたときだ。
実はこの一週間で何も繋がりが出来なかったら、イギリスでのアーティスト活動をあきらめる事も考えていた。だが、この一週間で毎日色んな人と知り合う事ができて、これはこの目標を追いかけなさいという神様からのサインだと確信した。

実際に会ってみたH氏はPRというイメージとは真逆で、もの静かで口数も少なく、思ったよりも若い見た目だった。
翌年の2016年4月にイギリスに移住してきて、もう一度彼にPR担当を頼みたいという話をすると、イエスの返事をもらうまで1ヶ月かかった。
そしてここからPRプランがスタートするのだが、ここからもまた辛抱強さを鍛えられることになる。
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イギリス音楽業界の宣伝/媒体の仕組み Part2

ネットでMusic PR UKと検索すると、様々な会社が出て来る。長年大物を手がけている大手もあれば、手がけるアーティストリストにこだわった独自のブランドを掲げる会社もある。£〇〇○でこのプロモーションパッケージ!という商売っ気丸出しのところまで見かける。
彼らの実際の業務内容はレーベルの宣伝担当と同じだが、小さなインディーレーベルが多いイギリスではほとんどレーベルから業務委託をされていることが多い。彼らはオンラインや紙媒体のパブリケーションを担当する。ラジオへのアプローチもする所もあるが、それはまたラジオ宣伝専用のpluggerという人たちに委託することの方が多いようだ。彼らはラジオ局やDJとのパイプを持ち、レーベル→PR会社→と経由して楽曲をラジオオンエアへと持って行く。
こちらで勝負するためにはラジオ局を味方にするのが一番強いそうだ。局の種類も、BBC1はナウでヤングなヒット曲、BBC2は中高年向けのコンサバな音楽、BBC6は玄人音楽ファン向けのワールドミュージックやSufjan Stevens系、という風に番組単位ではなくラジオ局単位でリスナー層が分かれている。マーヴィンゲイなどの大人っぽいムーディーな曲ばかりをかけるSmoothFM, アラサー世代が思わず口ずさみたくなるTLCなどの曲ばかりかけるKisstory(インターネットラジオ)などもある。
ここまで知るとますます実感するのが、〇〇系というジャンルをはっきりすることが大事だということ。

他に聴いた事がないような斬新な楽曲を作ろう、とデモを作り続けてきた。
面白い曲が沢山出来て、それらのデモを聴いた人たちの反応も良いが、みんな口を揃えていうのが『ジャンルに当てはめるのが難しい』ということだ。
それからというもの、作る音楽のジャンルも意識するようになった。
こうやって宣伝の仕組みを知る事も、音楽活動の軸になる曲づくりにおいて大事なことだ。

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イギリス音楽業界の宣伝/媒体の仕組み

ここまで色々とイギリスの音楽業界の社会科見学してきたが、では実際にどうやってアーティストとしての活動を始めようか。
バンドだったら、イーストロンドンの地元のオーガナイザーと仲良くなってライブハウスのイベントに出演し続けながら知名度を上げて行くという方法があるが、ソロアーティスト、特にクラブやダンス系でもないアーティストとしてはその機会はなかなか少ない。
オープンマイクという手があるが、定期的な出演に繋がるようなものではない。

色々な人に話を聞いてみた結果、とりあえずシングルのセルフリリースから始めることに決めた。
今やデジタル配信で誰でもいつでも世界のiTunesで楽曲リリースができる時代。
こちらのグライムシーン(UKガラージ、2ステップ、トラップなどのクラブミュージックに、ラップやレゲエ、トラップなどの要素を加えた音楽ジャンルの総称。 2000年代にイギリスで生まれ、十代の若者の間で人気となった。)一番の人気を誇るSkeptaなどは、セルフリリースを続けている活動自体が話題になっているほどだ。レーベルなどのしがらみにとらわれない、ストリート発祥でリアルなアーティストというイメージは、このUK独特の音楽ジャンルのコンセプトとも相性が良い。

日本で一番力のある音楽の宣伝媒体はどうだろうか、と考えてみる。
強力な事務所のコネクションを使ってドラマ主題歌。
こうはいかないのがイギリスの音楽業界。そもそもイギリスでは、ドラマ+音楽、CM+音楽など、音楽が何かの付属品という概念があまりない印象だ。
ではテレビ(ドラマ、CM)以外でどこで一番音楽を聴くかというと、ラジオ。
そして音楽の宣伝において、お金にモノを言わせることができないのだ。
これは30年間マネジメント一筋でやってきたイギリス人の知り合いから何度も言われている。
もちろん大手のレーベルや事務所に所属すれば道はかなり開かれるが、それは予算の多さよりも、それらのレーベルの持つメディアとの繋がりやブランドの信頼性の強さが大きな要素だ。

では、まだレーベルも事務所もコネクションもほぼない身として何ができるか。
誰でもデジタルリリースできるとはいえ、ただ曲をネット上に投下するだけでは何も起こらない。アーティストから、音楽メディア、そしてリスナーへと橋渡しをしてくれる存在が必要だ。そこで登場するのが音楽PR会社。

次回の記事では、このPR会社について紹介する。
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