2016年を振り返って

2016年もあと1日。

今年は個人的にも、世界的にも、大きな分岐点となる年だったように思う。

 

個人的には、今年はイギリス移住という大きな変化があった。

イギリスに来れて本当に良かった。私が長年抱えていた課題は、自分の音楽の可能性に挑戦するということだった。独立して活動を初めて以来、暗中模索状態だったが、暗い中手を伸ばしてみたらすぐに壁があった。それは心地良い温室のような壁でもあったが、それ以上広げる必要があると感じた。決して日本の音楽業界や環境を否定しているわけではない。そして何度も戻って来たい場所でもある。ただ外を見てみたかった。

移住してからは、様々なかたちでイギリスの音楽業界の社会勉強ができて、今までしたことのなかったトレーニング、オーディション、コラボなど、貴重な体験ができた。この半年間で、スイス、フランス、マルタ、ドイツ、ロシア、オーストリアと、多くのヨーロッパの国々を巡ることができた。

すぐに進むと思っていたイギリスでの音源リリースは、思ったよりも時間がかかってしまったが、これもまた新たな環境への期待値を下げるという過程が必要なのだろう。

12月の日本&中国ツアーは、そんな私のやさぐれた心を癒してくれた。何年も変わらず温かく迎えてくれるお客さん。神対応でサポートしてくれるスタッフ、ミュージシャン、まわりの方々。電車がスムーズに動いていてコンビニでおでんが食べられるという日本そのものの暮らしにも、全てに小さな感激が溢れた。こんな最高な人たちに、イギリスで日本人のシンガーソングライターとしてパイオニアになれるように成功して、良い報告をしたい、それしかない。

世界的には、やはりイギリスとアメリカの政治的な分岐点が大きかった。

国民投票の声は、とにかく大きな変化を求めていたのだろう。その変化の矛先が、明るい方向に向いていることを願うが、もしかしたら、この先また歴史を繰り返すようなことがあるかもしれない。そんな中で、一人一人が、愛を忘れないこと。(なんだか最近愛のことばかり書いている気がするが)身近にできることで、大きな影響力があることだ。

この文章を読んで下さっているあなたへ、沢山の愛と幸運を贈ります!

どうぞ良いお年をお迎えください。




 

 

 

 

歴史と気品溢れるスタジオ

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そのスタジオは、ロンドン北部の閑静な住宅街にあった。

イギリスの家は、築30年で若い方。300歳にもなる老舗物件がゴロゴロあり、それぞれの歴史と伝統を物語る。

この家は、エドワーディアン時代(1900年〜1910年頃)のスタイルを誇る、高い天井、大きな窓と木造の美しい建物。代々受け継がれて来たというこの家は、クラシック音楽好きの家主によって音楽スタジオとして貸し出されている。

リハーサル、撮影、レコーディング、ライブまで、幅広く使える施設として、ミュージシャンたちに愛されている様子が家の端々から伝わって来た。

フルコンサイズのグランドピアノからは、重厚な音が鳴る。普段キーボードで練習しているので、久々に生ピアノを触る。

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今回は、リリース予定のEPの楽曲達をピアノ弾き語りで録音するという撮影だった。カメラアングルを何パターンか変えて、3曲の曲たちを何度か録音していく。

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だんだんと感情移入していく中で、このピアノと空間に溶け込んでいけるような、贅沢な時間だった。こんな場所をリハスタとして使えるなんて、やっぱりロンドンは最高だ。

音楽活動、どんなかんじ?

色々と模索してきているイギリスでの音楽活動。

今どうなっているのか?

当初の予定は、4月にイギリスに引っ越して来たので、夏前にはファーストシングルをセルフリリースする予定だった。

それが、PR会社から協力してくれるとの返事をもらうまで1ヶ月かかり、最初のミーティングに漕ぎ着けるまで更に1ヶ月、その後音楽ライターとの取材をセッティングするのになんと3ヶ月。ちょうど夏休みのシーズンだったというのもあるが、3週間ホリデー行くから、としれっと延期されるのは日本では馴染みのない常識だ。

そして9月。この時期は年間でも最もリリースが多い時期らしく、他のリリースに紛れてしまうのももったいないので11月にしようということになり、それまでにシングルのミュージックビデオを完成させる予定が、直前に出来上がったビデオを大幅に編集し直す必要が出てきて、更に延期←今ココ。

という状況だ。

渡英してからずっと自分の音楽活動の相談に乗ってくれている、長年ロンドンでマネジメントをされているA氏は、中途半端な作品の発表が意味がないとはっきり言ってくれている。曲の良さを信じてくれているからこそ、それに見合ったミュージックビデオと、リリースのタイミングを、とこだわりがあるからこその延期。この感覚、はじめてロンドンの美大にポートフォリオを持っていった時の体験に似ている。初めて持って行ったとき、作品のポテンシャルは認めてくれた上で、更に作品作りを追求してから数ヶ月後もう一度来なさいと言われた。(それは日本での留学フェアだったのでわざわざ渡航する必要はなかったのだが、二度目の面接では快く合格を認めてくれた。)作品にかける時間、こだわり、完成度…出来た作品そのものよりも、繰り返し追求し続けるプロセスの大切さを教えてくれた。17歳の自分にはまだハッキリ分からなかったが、今の状況ではものすごく分かる。何でも、そう簡単には達成できないもの。少しチャレンジして諦めるぐらいだったら、初めから挑戦の意味もない。

 

そうやって試行錯誤している間にできることとして一番大切だと思ったのが、コンテンツづくり。

ミュージックビデオをはじめ、新曲はもちろんのこと、リミックスを頼んだり、新たなクリエイターとコラボしてみたり、、とにかくいざというときに発表出来る素材を沢山作っておきたい。

先日は、リリース予定のEP曲たちをアコースティック録音してきた。

場所は、閑静な住宅地にあるハウススタジオ。ここが素晴らしく良い環境のスタジオだった。(つづく)

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初めてのミュージカル楽曲制作

ニューヨークのブロードウェイと並んで、ロンドンではミュージカル、演劇の劇場が沢山見られる。

演劇文化自体はアメリカが誕生するずっと前までさかのぼり、演出はアメリカの派手さに比べてイギリスの演劇は言葉遊びや哲学的なところまで深く追求する傾向がある。

ロンドンに来てからもいくつかのミュージカルを観たが、中でもマチルダは最高に素晴らしかった。6歳の女の子の不思議な才能がテーマなのだが、その子の健気な演技と、ステージセットを巧妙に使った演出、歌も含めてイギリスならではの人間の内面に向かったストーリーテリングだった。

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キンキーブーツは、田舎の経営困難に陥った靴工場が、ひょんなことからドラグクイーン向けのド派手で挑発的(kinky)なブーツを作ることになる、というコメディーだ。これも、ただのエンターテイメントとしてのドラグクイーンショーではなく、人間模様を軸として、人それぞれありのままの趣味趣向を受け入れるというメッセージを伝えてくれた。何よりも素晴らしいのがシンディ•ローパーが手がける音楽。彼女の音楽には不思議と心の芯の部分をワクワクさせてくれる力があり、Time After Timeなどの数曲しか知らなかったが、これを機にもっと聴いてみたいと思った。

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自分もいつかはミュージカルの楽曲を作ってみたい、と思っていた矢先に、ボイトレコーチの方がミュージカルを演出されるとのことで、その楽曲制作の話をいただいた。ストーリーは、日本の物語、赤い蝋燭と人魚。子供の頃に聴いたことがある、悲しく怖さもある物語。イギリスの観客に向けてどんな演出が成されるのか、興味深い企画だ。

楽曲は、脚本をいただいてからイメージを膨らませていく。ミュージカルということでより展開をカラフルに、ドラマチックにできる。今回は劇中の3曲を提供している。

オープニングナイトでは、評論家からも好評なレビューをもらったというこの演劇。もともと地下鉄が掘られた場所だったという、螺旋階段を下った大きな筒状の劇場で、シンプルながら細部までこだわった演出と、パフォーマンスの起伏が印象的だった。イギリス人にも理解し易い説明を加えつつ、日本らしさも十分に盛り込まれた英語版、The Red Candle-Mermaids in the East-は今月20まで公演されているので、ロンドンにお住まいや旅行でいらっしゃる方はぜひ。

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MV制作 Part3~St.Martin-in-the-Fields~

このミュージックビデオの撮影チームは兄弟による映像会社だ。
なんと5人の男兄弟だというマン・ブラザーズというチームは、イギリスに来て依頼お世話になっている、某日本人ギタリストのマネージャーA氏に紹介していただいた。
打ち合わせでは、曲のコンセプトを丁寧に紐解いてくれて、それにピッタリのアイディアを次々と出してくれた。
この曲は、実はロンドンに対する複雑な心境が込められている。
イギリスでの音楽活動という目的、その前に立ちふさがる障害物はたった一つ、自分の自信の揺らぎだ。
その自信を揺るがせるものも一つしかない、それは他人からの否定的な意見だ。
このブログでも以前書いた記事に、弁護士から言われた、『出来ない理由』。
この歌は、そんな意見に対抗する歌。

そんなことをチームに話すと、それらのコンセプトを、ダンサーの動きを通して表現することを提案してくれた。
二人のダンサーが、そういった『障害物』を表現する振り付けで私の両脇から出て来る。
その中を、揺るぎない自信を持つ表情で進んでいくことで、歌のテーマである芯の強さを表現するというものだ。

すぐに、撮影にちょうどいいスタジオを見つけてくれて、スケジュールも決まった。
スタジオは、白い壁と高い天井ながらも、決して無機質ではなく、木の床がいい味を出している。

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振り付け師と二人のダンサーは、念入りにコンセプトに沿った振り付けを考えてくれて、テイク数も最小限に順調に撮影が進んだ。
ウエストエンドでのミュージカルにも出ているというダンサーたち。
イギリスではやはりパフォーミングアーツに対する環境も良く、こういった素晴らしいダンサーがすぐに見つかるのもロンドンならではなのではないだろうか。

mb_riefu9mb_riefu12そして驚いたのは、兄弟のチームワーク。映像の制作現場では、撮影よりもセッティングの方がはるかに時間がかかるもので、チーム内での効率の良いコミュニケーションが重要になってくるが、
さすが血のつながった兄弟、まさに阿吽の呼吸で撮影が進んでいった。

兄弟喧嘩はしないの?と聞くと、そこもプロ意識を持って、クライアントがいないときにこっそりと喧嘩することもあるよ、と話してくれた。
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MV制作 Part2~Business Trips~

このMVは、シンガポールで行った。撮影時はまだシンガポールに住んでいたので、現地のクリエイターとのコラボの機会を探していたのだ。

ちょうどそんなときに、現地の名門美大、ラサールの映像科の卒業制作の発表会に行く機会があり、そこで観た作品たちのクオリティの高さに驚いた。

この学校は、イギリスのThe Puttman Schoolという映像学校と提携を結んでいるため、イギリスが誇る高い映像科教育の恩恵も受けている。

そのとき見た作品では、エリート志向のシンガポールの中での社会的弱者やアンダーグラウンドな世界をテーマにしたドキュメンタリーが印象的で、

どれもコンセプトが面白く、シネマトグラフフィーもプロフェッショナル顔負けのクオリティーだった。

ラサールの先生に紹介していただき、最近卒業してプロダクションを設立したTanglin Filmsに制作を依頼した。

彼らは現役の学生からの信頼もあつく、ボランティアを募ると15人近くの学生さんたちが協力してくれて、大学にある撮影スタジオに、3日間ほぼ徹夜でベニヤ板やダンボールで大掛かりなステージセットを作ってくれた。

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プロのプロダクション会社でもこの手際の良さには敵わないのではないだろうか、とういぐらい頼もしい学生さんたち。風格もこの通り!

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日本でも10本以上ミュージックビデオの撮影現場を目の当たりにしてきたが、こんなに活気のある現場は初めてだった。

そして黙々と作業していた学生さんの一人が、撮影終了後に、私の音楽をずっと聴いていてくれたと話してくれて、サインを求めてくれたのが嬉しかった。

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この撮影中は、普段関わる事がなかった現地の学生さんたちとの貴重な交流の機会にもなった。

完成した作品のクオリティーも素晴らしいものだった。

日本からシンガポールへ、そこで出会った人たちのアイディアと力で、海を渡ってイギリスで発表できる作品になったことに感激だ。

ミュージックビデオ制作 Part1~SIGN~

今やミュージックビデオはSNSでの宣伝方法として、アーティスト写真などよりも重用視されている。

今回初めてイギリスで制作したミュージックビデオの曲は、SIGNというエキセントリックな曲。

夜中の2時に夢の中で出てきた曲で、ぬくっと起きてその時に瞑想状態で書き上げた。

歌詞の意味合いも無意識で作ったものなので、後になって『こういうメッセージだったのか?』と自分でも驚きだった、ユニークな一曲だ。

通常ミュージックビデオの撮影は、コンセプトの打ち合わせから始まり、カメラマンやスタッフの手配、具体的なスケジュール、ロケハン、撮影と過程がある。

独立してからは全ての過程を自分で管理しているが、イギリスでの撮影となると更にそのDIY感の工夫が大事になってくる。

まずはクリエイターと繋がることから始まる。

美大時代の友達に、ロンドンの映像カメラマンを紹介してもらった。

彼は卒業後シネマトグラフィーの勉強を大学院で続け、映像カメラマンとしてBBCや企業の仕事をこなしているという。

ただ、プロダクション会社ではないので、編集などはできないという。

この時期ちょうどPremier Pro(映像編集ソフト)の使い方を学び始めていたので、編集は自分でやることにして、このカメラマンB氏に撮影を依頼する事にした。

撮影場所は、前から気になっていたHackney Wickのグラフィティーアートが多く見られるエリア。見方次第で様々なメッセージが潜むグラフィティーアートが、この曲のコンセプトと繋がった。

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Hackneyは、私が10年前留学していた頃は、犯罪が多発する危険なエリアで、そのため家賃も安く沢山の若者やアーティストが住むようになった。

そのおかげで10年も経てば治安も改善され、そのかわりにヒップでトレンディなアート、カルチャースポットとして、今では日本で言う吉祥寺的な存在になっている。

ロケハンも自分で行い、撮影ポイントを決めて絵コンテを描いていく。

スタッフはカメラマン、そしてアシスタントさん、ワーホリでロンドンに来ている日本人のヘアメイクの方の3人で決行された。

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ここで、カメラマンとアシスタントさんの他にもう一人スタッフがいることが大事になってくる。

使用機材は高価なものばかりなので、特にハックニーでは、荷物の見張り番も必要になってくるのだ。

そんなDIYな撮影も、念入りなロケハンのおかげでスケジュール通りに無事終えることができて、編集作業も自分で楽しんで行うことができた。

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