何がしたいか、より、何をしているか

年末に、Abstract Expressionism(抽象表現主義)のエキシビションを観てきた。マーク・ロスコやジャクソン・ポロックなどのアメリカ40年代以降の大きなムーブメントだ。
巨大なキャンバスの上で絵の具の質感が自由に展開され、色のインパクトがギャラリーの空間に浸透する。
これらの作品を観て、『何がしたいのか分からない』と感想を言う旦那。ルネサンス芸術やフェルメール、レンブラントなどのクラシカルな絵画を好む彼は、作品で表現されているものがはっきりしていないと、具体的に画家が何がしたいのか分からないと言う。
『何がしたいのか』じゃなくて『何をしているか』その行為そのものが大きなコンセプトなのだ。画家がアスリートだとしたら、その鍛錬の軌跡がキャンバスに表現されている。たった一本の線で僕にも描けるよと思っても、その線に行き着くまでには長い過程があることこそが、作品性の軸になっているのだ。
そんなことを彼に力説していたら、ふと『人生の目標』についても応用できるのではと思いはじめた。人生においても、大きな目標よりも、現在進行形の過程の大切さを見落としがちなのでは、と。
何をしたいか考えている暇があったら、とりあえず何かをすること。頭の中でいくら考えても何も行動に起こさなければ、何の影響力もない。

いまの自分にも言える。考えてばかりで頭でっかちになっていたり。

一つ一つの色の選別やブラシストロークのように、試行錯誤を重ねていくことそのものが、『活動』そのものなのだ。